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きっと、多分、絶対。20代最後の恋だった。

「皮肉」という言葉は、皮と肉でできている。……なぜ、骨がないんだろうか。そんなことを思ったのは、通勤中の電車の中。前日に起こったことをあまり考えないようにしながら顔色が悪いまま電車に乗り、運よく空いていた座席に座ってふと上を見上げたら、昔はずらりと並んでいたはずの中刷り広告も少なくなっていた。頭はボーっとしていて、ただ「そうかぁ」という虚無感を感じ、ポケットに入れていたスマホを出した。周りをみると、みんなやや下を向きながらスマホにくぎ付けだったから、電車の中で上をみることは割と奇跡に近いのかもしれない。そんなに下を向きたいのならば、じゃあ電車の地面に広告を貼ったらどうだろう。でもそれじゃあうつむかなきゃいけなくなるし、下を向く誘導をしているようにみえるし、あぁなんか結果炎上するか、とか。実にならないことを考えながら、そういえば。皮肉ってなんで「皮と肉」なんだろうと思って語源を調べてみた。スマホって、便利だな。

調べるともともとは仏教の言葉だそう。「皮肉骨髄(ひにくこつずい)」という言葉からきているとのことで、骨や髄は内面にあることから物事の本質を表していて、皮や肉は目に見える表面にあることから、本質を理解していないという非難の言葉として使われるそうだ。わたし自身は特定の宗教的な考えを持っていないと自認しているのだけれど、この言葉は自分の心に刺さった。なるほど、という気持ちでいっぱい。思えば「皮肉」という言葉の意味を調べたことは一度もなくて、意味だけ知っていて、ちゃんと疑問を持ったのははじめてだった。

言葉を大切にしたいという割に、言葉の意味を調べようともしないなんて、なんて皮肉なんだろう。



優しく笑う人だ。

初めてふたりで話した時に、そう思った。
ふたりの時間が、穏やかだった。
その日わたしは色んな意味で緊張していて、でも顔を見た瞬間なんか安心した。まだ蒸し暑い夕暮れ前。一対一できちんと話すまでは、正直苦手なタイプだと思っていた。とっつきづらそうだなとか、話しかけてほしくないのかなとか、ひとりが好きそうだな。そんな感じだった。
話していくうちに、だんだんと、なんとなく見えてきた。見えてきたような気持ちでいた。わかった気持ちになりたかったのかもしれない。結局想像でしかないから、答え合わせは永遠にできない。
ひとりが好きなんじゃなくて、ひとりで生きていく術を身につけたい人なんだな。でも、ひとりじゃできないなにかを誰かとやり遂げたい気持ちもあるんだな。でも、自分だからできることを、今の自分だからできることを、これまでを捨てずに、死なない理由を作るために生きているんだな、とか。言語化できない。したくない。

理由を聞かれてもわからない。いつからとかもわからない。
でも、なんか好きだった。なんだか好きだった。どうしようもなく好きだった。
荒っぽい態度をとるくせに、格好つけたように綺麗な言葉を選ぼうとして、でも本心はきっともう少し柔らかくて、防衛してるのはその奥側に触れられたくないガラスみたいなものがありそうで。叫びながらもがきながら、後悔や期待や現実や夢を、抱きしめて生きていく姿が好きだった。

通知が来たらちょっと作業の手が止まるくらいには、大切だった。普段はあまり目が合わないから、たまに合うと嬉しかった。優しい声で笑うくせに、野生の生き物みたいに獰猛な部分が垣間見えるのも好きだった。

全然タイプじゃないのに。というかタイプなんてないのに。
好きだった。なんなんだ。
好きだったんです。年甲斐もなく緊張してしまうくらい。
ひとりで生きていけるはずなのに、この先の未来にあなたがいたら楽しいだろうなって考えてしまうくらい、好きだった。
だからちゃんと伝えたかった。きちんと伝えて、向き合いたかった。遊び慣れてそうなあなたにとっては、わたしみたいな人間は重かったのかもしれない。そもそも論外だったのかなぁ。
そういえば、石原さとみが好きって言っていた。
あともう少し可愛かったら、美人だったら、今が違っていたのかな。
どう考えても無理だ。磨くのにも限度がある。

あの日、あの夜、花粉が苦しかった春。
今言わないとって、道路の先を見つめるその後ろ姿を見て、泣きそうになるのをこらえて死ぬほど緊張しながら好きって伝えたあの日、足が少し痛かったあの日。
すごくインスタントな告白。緊張であんまり覚えてないけど、どう思ってたんだろう。
きっと好きなんて言われ慣れてそう。勝手な偏見。前に聞いていたモテそうって会話に、THE モテる人の回答が返ってきたの、ちょっと落ち込んだ。
でもあの日、わたしが気持ちを伝えた時は、少し目が泳いでいた気もする。なんか少しだけ様子が違った気もした。真相はわからない。

好きっていわない方が良かったとは思わないけれど、
好きにならないほうがお互い楽だったのかもとは感じる。

のらりくらりしないで、それっぽいこといわないで、好きじゃないっていわれたほうがよかった。
相手にしていません、あなたとは一緒にいたくないです、彼女にしたくないです。そう言ってくれた方がよかった。またまたわたしはこんな恋愛をして。懲りずに書いて。書いたら少しは綺麗な思い出になるかもしれないし、だってミュージシャンだってそうでしょう。実は、最近ラップ始めた(唐突)。

わたしの告白は、軽かったのだろうか。風船よりも軽く、どっかへいってしまったあの春の日のわたしとあの気持ち。
とは真逆に多分重すぎた。言語化したがるわたしの重たさ。もう少しお手軽だったほうがよかったのか。考えても何も変わらない過去。
いつだって連絡する時は緊張して、忙しくても5分でも一瞬でも会いたかった。仕事人間のくせして、頭のどこかにたまにちらつくのが自分らしくなくて、もう。あぁ、もう。

傷つく覚悟を持って、恋をした。確かに傷ついたけど、それは傷つけられたんじゃなくて、肩すかしの現実を自分で理解して、現実をただ自分で理解するしかなくて、自分で自分に決着つけるしかないまま終わった。
惨めな気持ちで、こんな自分がどんどん嫌になってしまって、ああいやだなぁの繰り返し。
そうこうしていたら、これだけは大事にしたいと思っていたわたしの身体はあっという間に汚れて、ガラスが割れるように心が壊れた時に中途半端に心配してきて、頼ろうとしたら逃げてしまう。
蝶々でももう少しそばにいてくれるよ。きっと。
あの日も今も明日も、お互いに生きている保証はない。だから同じ時間を泳げるって奇跡だって思うんです。
でも、少しずつ何かが壊れていくから、わたしのまわりで何かがどんどん崩れていくうちに、それを立て直しているうちに。
恋も愛もなくなってしまった。
なにかがないまま、生きてしまっている。

裏切られたとか、そんな人だと思わなかったとか、そんな気持ちは一切ない。
わたしが見たその人は、わたしがそうあってほしいと思った幻想だったのかもしれない。わたしにとって、この人はこうだって、思いたかっただけ。結局想像の中でしかわかりあえなくて、知れなくて、本当の意味で心に触れることなんてできない。

きっとそんなもんだ。そんなもんだとわかりつつ人は人と関わることをやめられない。表現をやめられない。
だから、経験をする。何かを知る。失って、得て、傷をついて傷をつける。そうすることでしかわからない、人の心のありかを知る。どん底まで堕ちた人じゃないとわからないものがあるように、そこ知れず人間不信になった人の方が、人間さが溢れたりもするもので、そんな経験しなくてもいいと他人から言われることこそがその人の魅力になったりする。
わたしはもう限界だ。まだ何か起こるのか。
それでもずっと生きてきた過去を鎧に、進んでいくんだろう。

Tシャツはクローゼットの一番奥にしまって、いつか出てきた時に「なんだっけ?」ってなれたら捨てる。
一緒に行きたかった映画は、ひとりで見に行こうかな、ビール片手に。もう待つのは嫌だ。待ってともいわれていない、したようでしていない約束。できない約束はしちゃダメだ。絶対以外、約束しないでって誰かが歌ってた。

15cm髪を切った。好きって気持ちを切りたくて、切った。髪が長い方が女性らしいかなって思ったけど、今の自分の方が好き。
可愛いよりも、格好いい自分でいたい。
ダサいのはもういい、それっぽいセリフも響かない。
心にもう届かない。郵便屋さんも呆れてる。

この先の人生がもしも続くならば
わたしは「あなた」には会わないかも、そして合わないかも。
でも、「あなたみたいな人」には会って合うかもしれない。
同じように、あなたは
わたしみたいな人には会うかもしれないけれど、合うかもしれないけれど。
わたしはわたししかいないから、その先はわからないし、わかりあうこともできない。
そうならないために伝えた気持ちは、春を超えて夏を彷徨い、もう消えてしまうんだろう。涙はいつだってしょっぱい。涙ってずっと出る。
あなたがみていたわたしは、お金の人だったのかもしれない。これまで積み上げてきたものであなたと関われていたのならば嬉しいはずなのに。
もう嫌で嫌で、自分が嫌で。
わたしをみて欲しくなってしまいました。



もうこの恋で泣かない。恋だったものは、思い出になる。
もうこの恋で下を向かない。上を見上げて中吊り広告を見る。
あなたの言葉も音も、いつか忘れると思う。心が響いたことは事実として消えない。
暗くて辛いことが多かった人生。白線の外側を歩き、海の堤防によじ登り、死のうとしていたわたしを。
もう少しだけ生きていこうと思わせてくれたのはあなたでした。
ひとりでも、生きていこうと思わせてくれたのは、あなたの叫ぶ姿でした。

どんな過去も、どんな今も、どんな未来も、あなたにふりかかるすべてのものが温かいものになりますように。
あなたがひとりで泣く日が、苦しむ日が、すこしでも優しい思い出になりますように。
背負っているものが、糧となりますように。
世界の誰もがあなたを責めても、わたしは遠くで味方でいます。


きっと、多分、絶対、
20代最後の恋でした。

あぁ、もう。
わたしってば、お疲れさま。卒業式の気分。
またね、恋心。
大切な、大切だった片想い。
ありったけの、愛を込めて。

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