食欲の秋

「もう食べられん・・・・・・」
 そう言ってソファに横になるケイジを、椅子の背もたれに体重を預けながらナルセは内心で激しく同意していた。
「あら、もう食べないの?まだまだあるよ?」
 台所から、料理の乗った食べ物を持って出てきたのは、この家の主人であるマコトだ。いつもと変わらない笑顔が、今は恐ろしい。
 
 果物をもらいすぎたから、腐る前に食べに来て欲しいと言われてこの家に来て早2時間。ひたすら皿に盛られたブドウや柿を食べ続けた。
 これではすぐに飽きてしまうと言ったケイジに、ナルセが同意すると、すこし考えるそぶりをしたマコトは、台所に行くと、その手に料理を盛った皿を持って出てきたのだ。そこには一手間加えた秋の味覚が。・・・・・・栗金団である。
「・・・・・・いや、いやいやいや。確かに美味しいよ、栗金団。でも正月でもないのに栗金団はどうなの?しかも栗金団ってほとんどさつまいもじゃん」
「何言ってんの?全部栗だよ。・・・・・・さつまいもの方が良かった?」
「さつまいもなら余計に腹が膨れる。ナルセはそう言いたいのだろう」
「あぁ、そういうこと。だったら問題ないね。じゃ、この栗金団片しちゃって」
「軽く言うけどさぁ・・・・・・」
 ナルセはだされた皿から栗金団を口に運びながら、ふと思う。こうやって三人で味わうことよりも消費することに重点を置いて食べることの方が食べ物に対して失礼なのではないか、と。マコトの出してくるのはどれも秋の味覚として名高いものばかり。近所の人に配れば、多少は喜ばれるのではないだろうか。
「これ、近所の人に配ったりすればいいのではないか」
 ナルセの考えていたことを、ケイジがソファの上から起き上がることなく呟く。
「え、やだな、ケイジ。それどんな嫌がらせ?僕が近所付き合い苦手なの知ってるでしょ。そんなことしたらドア開けた近所の人に対して、手の中のものぶつけて家の中に逃げ帰っちゃうよ」
 呼び鈴でドアを開けるとそこには恥ずかしそうに立つ青年。そして用件を訪ねようとした瞬間投げつけられるブドウ。・・・・・・なるほど、意味がわからない。これがブドウならまだいいが、栗なら痛い。いや、ブドウの方がぶつけられると果汁が散って酷いだろうか。
「確かにやりそうだな」
 ケイジが何を思い浮かべているのか、言われなくてもナルセにはわかった。マコトの言っていることが誇張でもなんでもなく実際にやってしまうということを二人は知っているからだ。ほかでもない被害者として。
「まぁ、食べ物なだけましかもなぁ。俺たちみたいに筆箱の中身をぶちまけられたら悲惨だわ」
 あの時は筆箱にカッターも筆箱に入っていたので、運が悪かったら流血沙汰になっていたかもしれない。
「まぁ、あれがあったからこうして家に上がりこむまでになっているのだ。人生なにがきっかけになるかわからん。・・・・・・さて、食事を続けるか」
 これもう食事じゃなくてただの消費だよ、と思いながらも、ナルセは皿の上のものを口に運んだ。

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