八つ当たり

 右の頬が熱と共に痛みを訴えかけてくる。
 きっと鏡で見れば赤くなって腫れているにちがいない。
「・・・・・・謝らないからな」
 後ろで、俺の頬が腫れることになった原因を作った友達が、見なくてもわかるふてくされた声でそう呟くのが聞こえた。
「別にいいし。お前が自分でやったことを謝れないような、小さい男だってことはよく知ってるから」
「そうかよ」
 間違いなく涙目で、精一杯強がっているのがわかる声だ。それでも友人が俺を責めないのはすごいと思う。そもそも彼は俺に謝る必要もなければ、こうして河原で秋の声をともに聞くことに付き合う必要もないのだから。
「・・・・・・謝らないけど、さすがにそろそろ事情の説明ぐらいはほしい」
「いやだ。絶対に笑う」
 目の前では夕暮れに照らされた岸で赤とんぼが飛んでいる。群れをなし、ホバリングしているその様を見ていると秋だな、という実感が湧いてくる。
「事情の説明がなくても今のお前の有様見たら大体わかるし、今のお前の顔見たら否が応でも笑いそうになるけどな」
「わかったよ!説明するよ!」
 そして俺は事情の説明を始める。
 好きだった女子に告白してふられたこと。落ち込んで河川で呆としているところに能天気な声をかけられてイラついたこと。気安く肩を叩かれてそのいらつきがそのまま暴力衝動になったことをだ。
 事情の説明をすると、案の定友人は大声をあげて笑った。先ほどまで事情も説明されずに殴りかかられ、もしかすると自分の知らないところで何かいやなことをしたのではないか、と優しい自責の念にとらわれていたのが嘘のように。
「それで俺に殴りかかってきて返り討ちかよ!いくらなんでも相手選べよな!」
 そう。
 友人は格闘技の有段者だった。
 殴りかかった俺の拳をあっさり避けると、その勢いのまま俺の頬にカウンターを喰らわせたのだ。
 河原に友人の笑い声がひびく。俺はふてくされて足元にあった小石を蹴り飛ばした。


海岸線に沿うようにして歩く。
波が時折自転車の車輪を濡らしていくが、気にしない。それは目の前の彼女もそうだ。初めのうちはリムやスポークが錆びるかもな、と思っていたが、それも初めのうちだけで、今は波に濡れることが当然のこととして受け入れている。

運転席側の窓から刺すようにして入り込んでくる太陽光が、まだまだ夏は終わらせない、と主張しているようでうんざりする。夏など早く終わって暑さとは無縁の生活を送りたい。もっとも、冬になったら冬になったで寒さに文句を言うのだろうが。まったく、どうして秋と春は短いのか。

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