秋の雨

「雨、止まないねぇ」
 正面の彼女が、好きになった声で、好きになったテンポでのんびり呟いた。
 その声を聞きながら、俺はただ本のページをめくり続ける。
「秋の雨って夏の雨みたいに迫力がなくてちょっとさみしい感じがするよねぇ」
 確かに、激しい音のする夏の雨に比べて、秋の雨はシトシトと静かに降る時が多い気がする。もっとも、静かに降る雨は彼女のようで好きだ。騒がしい女はちょっと苦手だ。まぁ、怒った時の彼女は静かにただ威圧感を増すので非常に怖いのだが。
 彼女の怒りが俺に直接向くことはほとんどないので、起こった時その怒りの先にいる相手に少し同情してしまう。もっとも、彼女が怒りを向ける相手は大体決まっていて、その後一人になると自己嫌悪に陥ることを俺は知っている。
 またページをめくる。
「最近は朝起きた時にちょっと寒いと思うことが多くなってきたねぇ。秋を通り過ぎて冬が来そうでちょっと寂しいわ」
 ページをめくる。
「まぁ、どんなに寒くなっても秋は秋だし、冬は冬なんでしょけど。気温が基準じゃないなら、季節は誰がどうやって決めてるのかしらねぇ」
 その問いに答えるすべを、俺は持ち合わせていない。
「はぁ・・・・・・。気が付いたら私ももう一人。あなたを私にくれたあの人も先に逝っちゃったし、いつまでこうしていなくちゃいけないのかしら」
 そういう彼女は、機械につながれ、自分の命の決定権すら奪われてしまっている。
 俺はただページをめくり続ける。
「あなたがいないと本も読めないなんて、ほんとに嫌になるわ。早く迎えが来ないかしらね」
 彼女の指示に従い、俺はただページをめくる。
 本のページをめくる機械の俺には、彼女に言葉を返す手段がない。そのことを今も不甲斐なく思いながら。

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