探し物

 夏は足を入れれば気持ちの良かった川も、10月を過ぎて入ると涼しいよりも寒い、という感想が先に来る。
「寒いんだけど」
 と、いうわけで、今こうして川に足を入れることになっている原因にその思いのたけをぶつける。
「それはそうだろう。もう夏じゃないんだ。知ってるか?早い所では10月には雪が降るんだぜ?」
「そんなことはどうでもいいわ。人に川底さらわせて、自分は橋の上から高みの見物とはいいご身分じゃないか」
「何を今更。オレ、主人。お前、従者。そりゃあ身分差考えたら状況が違うのも当然だろう」
 橋の上から落とされる言葉に、視線を下に向け作業を再開する。
「だいたい、どうして川になんか落としたんです。大事なものなんでしょう」
「・・・・・・大事だからこそだ。そんなのお前には関係ないだろう。色々と偶然が重なった結果だ」

 前半の言葉は、きっと聞き取れないと思って意図的に小さな声で言ったのだろう。だが生憎とこの耳はその言葉を拾ってしまった。しかし、聞き取って欲しくない言葉を聞き取られていた、と分かれば、きっと彼は怒り狂うか、羞恥でこの先暫く口をきいてくれなくなるかもしれない。これまでの経験から、後者になるだろうな、という統計的推測を導き出すと、彼の言葉には何も返すことなく作業を続行するのが最も両者を幸せにする結果だという結論に至る。

 やがて、澄んだ水の底に探していたものを発見する。
 水を透過した光を反射して輝くのは、緑の宝石だ。傍目にも高いだろうな、ということがわかるそれを川に落としてしまうのだから、うちの主人も情けない。・・・・・・もっとも、彼が『学校』という教育機関で何かしら良くない相手に絡まれているのはわかっているのだけど。これまで彼の望みで放置していたが、さすがにこれはやりすぎだ。奪った宝石を質に入れられなかっただけましかもしれないが、もしも川に捨てられた時に破損でもしていたら、彼はそれこそ暫くショックで口をきけなくなるかもしれない。

 とりあえず川から上がり、橋の上で待つ彼に探し当てた宝石を差し出す。
「はいこれ。見つかりましたよ」
 差し出された宝石を受け取る彼の頭の位置は平均よりも低い。当然だ。彼は車椅子に乗っているのだから。
「・・・・・・ありがとう」
「おや?何やら珍しい言葉が聞こえたような?どこからでしょうね?」
「あんまり調子にのるな」
 車椅子を前進させ体当たりをする彼。そんな彼に笑みを向けながら、宝石を川に投げ入れた奴に制裁を下す算段をつける。
 さすがに今回のことは看過できない。
 覚悟しろよ、と心の中でつぶやき、彼の車椅子を押して自宅に向かう。

「それと、今回の件、これ以上の追求はするな。これを川に落としたのは俺の不注意が招いたことだ。誰にも罪はない」
「はいはい。わかってますよ。まったく、いつもながらドジですね。これが女子高生ならまだしも男のドジっ子とか、わたし的には誰得状態なんですが」
「・・・・・・なぁ、俺には嘘をつかないでくれよ」
「当たり前じゃないですか」
 立ち位置の関係で、そう呟いた彼の顔を見ることはできない。が、そう呟いた彼には全てお見通しのようで、わたしは彼から表情が見えないのをいいことに思い切り舌を出してその命令に反発する。
「いきなりどうしたっていうんです。らしくもないいつも通りもっと横柄に振る舞えばよろしい」
「嘘をつくな、と言ったな。だが、こうも言わせてもらう。嘘をつくな、とは言わない」
「一体どうしたっていうんですか。横柄に振る舞えと言いましたが、それはなにも矛盾したことを言えって意味じゃないんですが」
「人は大なり小なり嘘をつく。それはわかってる」
 あぁ、だめだこれは、と思う。自分の言葉によっているときの彼はこちらがなにを言っても意味がない。今は言いたいことを言わせておこう、と彼の言葉を右から左に聞き流す。
「俺はその嘘に気が付きたくない。だから、正しくは、嘘をつくな、じゃないな。俺に嘘とわかる嘘をつかないでくれ。俺にこの世界は全て綺麗で美しいものだと信じさせてくれ」
「それ、いう時点でもうこの世界云々のくだり信じてないじゃないですか・・・・・・」
 風になびく彼の髪が、車椅子を押す私の手をくすぐった。

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