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茶湯からの、便り 六


いつも私はこの文章を、お稽古を終えて家に向かうまでの道をゆっくりゆっくり亀のような早さで歩きながら書いている

いま"かたかな"の言葉を書こうとして、いや違う。と手を止め、ひらがなに書き換えた自分がいた
お茶の時間を経るとそんな気持ちになる

きょうは雨
そういえば、なんだか久しぶりの雨のような気がする

ますくをしていると、呼吸が浅くなり空気が足りなくなる。ますくをつけていないときに大きく息を吸い、ため息のように長く息を吐くことが増えた

お稽古場の目の前には公園がある
いつも私はその公園に茂る緑をお稽古の後すこしのあいだぼーっと見る

息をたっぷり吸いたくなってますくをはずしたら
ぐーっと雨のにおいと、雨に濡れた土と植物のにおいが染み入ってきた
なんとなく上を見上げる
いつもはみえない雨粒が、木々の間にはっきりと見える
雨の落ちる音を聞きながら
傘に雨粒があたる音をどかしたくなって傘を閉じる
ぽつぽつぽつという音が消えて
葉や地面に雨がおちる音が聞こえるように、見えるようになる
水がぽつりぽつりと小さな丸い形になって落ちるのが見える
公園の池には、小さな波紋がつぎつぎに重なりあらわれる


茶を習う時間も好きだけれど
その後のこの時間がわたしは好きだ
そして自分が茶を淹れる時間より、淹れているのを見ていることのほうが好きでもある
その話はまた今度


鶴飛千本松
五文字の漢字が迎えてくれた
見たことのないその景色を頭に浮かべる

茶を淹れるときは基本の構えがある
一番おだやかな形よ
と2つの手で体の前に丸を作って先生はいう
この形がうまくできない
どこかに力が入りすぎたり
抜きすぎるとだらんとしすぎる
どうしても手首に力が入り、角張りができる

今日のおなつめは、曙という名前だった
濃い朱に、てっぺんには鶴が舞い
側面には松が茂る
良いおなつめなのよ、と言われて緊張しながら手に取る
茶筅通しをして、お湯を捨て
茶杓を右手に左手を畳にちょんとつけ
お菓子をどうぞ
そして曙をそろりと慎重に手に取り
濃い朱の蓋を開ける

( )

しばし自分の中に空白が訪れる
朱に占められた私の視界に、鮮やかな茶の緑があらわれ、色の美しさというか、見たことのない感じたことのない、昔の日本人が見ていた景色や色をみたような気持ちになった気がした
丸の中に鮮やかな深い緑
朱の丸の中に鶴
その下に畳
茶を茶杓で掬いながら
日本人として生まれたことに嬉しさを思う


いつもと違う道を通ったら、松の木に出合った
べべん、という迫力と
右に左にどちらに伸びるかわからない枝に
力強さと自由を感じた
昔の日本は、どんなにおいがしたのだろう


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