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約束と秘密

私は約束が苦手で、秘密が好きである。

"かりぬい"というタイトルをつけているのだけど、パターンをひいて、トワルを組んでくれるのはパタンナーだ。
私はデザインを描いて、生地を決めて、パタンナーにパターン(設計図)をひいてもらい、かりぬいトワルを組み立ててもらう。

トワルとは
…人型のダミーにシーチングで作成したもの
実際のイメージと照らし合わせる為に使われることをトワルチェックという。基本的に半身だけ作りダミーに着せる。
ダミーに着せる際、シルクピンで仮止めしイメージと比較しながら、その場ですぐに修正できるようにしておく。最終確認の場合はしつけ糸、ミシン等で縫って確認する。

その大変な工程を乗り越えて出来上がったトワルを、作りたかったイメージにより近づけるように、切ったり、ずらしたりして完成させるのが私の役割だ。

22歳の右も左もわからないまま在学中にブランドを立ち上げ、東京コレクションデビューをして、ランウェイで発表していた。
予算も無いし、自分でも作りたいし、と2割くらいは自分でパターンまで作ることもあったけど、立ち上げたばかりの会社にもファッション業界にも不慣れな中で、とにかくあれもれこれも判断しなければいけない日々。
どうしても手がけられる範囲は限られていた。

ランウェイでは20体のルックを作って、約50枚くらいのアイテムを作るのだけど、その中の2体だけは一人アトリエにこもって、自分の好きなように作り上げる時間を作っていた。
縫製工場から出来上がったサンプルを前に、切り貼りするように作り替えたり、刺繍をしたり、少し壊していったりと、商品であることを一旦置いておいて自分の作品として作り上げるのだ。

ランウェイを作るのはデザイナーとパタンナー以外にもプレスや演出家、その他大勢の人とチームで作り上げる。
だけどその2体だけはパートナーのパタンナーにさえも内緒で、はじめてお披露目するのはいつもランウェイの直前のリハーサルだった。

レザーに蝶々をコラージュして透明の箔で挟み込んだドレス


自分の絵が自分の手から離れて多くのプロフェッショナルにより作り上げられていって、最後にプロダクトになる。
もちろん全てのディティールまで判断するのは私だけど、描いた絵からいろんな人の手に渡り美しいプロダクトになって私の手元に帰ってきたものが、ごくたまに「果たして本当に自分が作ったものなのか…」とわからなくなる瞬間がある。

その距離を埋めるために最後に自分の手から直接できるなにかを施すのだ。
何日も寝ていない日々の中で、完全にハイになった頭で
「そうそう、この不安定さがないと。綺麗な線だけだとなんとなく命が削がれている気がする…」と綺麗に整った洋服を、絵に戻ってきてもらうような感覚で作っていく。

2体は私がデザイナーであるために大切なピースだった。
その儀式のような時間があるから、ランウェイ終わりに登場して、自分のコレクションでした。とおじぎができるのだった。

背中にフリルの羽が生えたドレス

プロダクトというのは約束である。
いくら自分勝手にデザインをしても、きちんと日本の安全なルールに乗っ取らなければいけないし、買って頂く人の日常を良くしていけるものを目指さなければいけない。
頭の中にある膨らんだイメージをどんどん研いき、削いで行き、磨いていく作業であり、仕事だ。
約束が苦手な私が、世の中にたくさんの約束をしていく作業は張り詰めた緊張の連続で、その感覚は今も続いている。

だけどこの2体やかりぬいの作業は、まだ約束の手前なのだ。
私だけ、もしくはパタンナーと二人だけの秘密のものである。
そして世の中に約束する前に、本当にこれが日々緊張しながら自分を追い込んでまで約束するに値する程自分の好きなものか、を最後に確かめる作業である。

そしてそのマスターピースはランウェイの最後を飾ることが多い。
そのトワルラインというスペシャルピースの話をしたかったのだけど、
またかりぬいの話で終わってしまった。

また今度。

加茂克也さんが紙で蝶々をコラージュして作ってくれたヘッドドレス
私が"かりぬい"の不安定さを大事にしているのをわかってくれていたんだと思う

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