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日帰り首都圏乗り継ぎ旅 東上線の北端まで。

乗り潰しの前に

 東京都台東区の地下、とある界隈に伝わる一軒の串カツ屋。祝日を目前にしたその日の夜、野球1チームはギリギリ編成できないくらいの人数で宴が行われていた。ありがたくも参加させていただいて、とても楽しい時間を過ごすことができた。19時スタート、終電の30分前には解散、必要最低限の冷静さは保ちつつ帰宅し、そのまま眠りに就いた。

たのしい!!!!たのしい!!!!たのしい!!!!

 ふと目が覚めて、枕元のスマホを見る。9時20分。昨日遅くまで飲んでいた割にはほどほどの体調で、一日何もしないには勿体ないような気がする。カーテンを開けると雲一つなく透き通った、いや、それは言い過ぎだがほどほどには爽やかな空が広がっている。とりあえず洗濯機を回すことにして、適当に路線図を眺める。11時過ぎに家を出るとして、夜には帰ってくることができる場所。久留里線や銚子電鉄のように千葉県の乗り残しを乗りに行くのは遠い気がするし、御殿場線方面に行くなら静岡県内の私鉄も乗りつぶしておきたいから日帰りは難しそう。群馬方面にも行きたいが時間が足りないか。少し悩んだが、前回秩父鉄道に行った時に乗り残した東武東上線と越生線に乗りに行くこととしよう。新宿で昼でも食べて、西武線の特急で川越まで出ればいい。その後は適当に越生線と東上線を乗りつぶして、帰りには八高線のディーゼルカーにでも乗ってみようか。とりあえず洗濯物を干して、ろくに時刻も調べずに家を飛び出した。

某駅→新宿

 席が7割くらい埋まった地下鉄に乗り込む。ベビーカーを押す家族連れもいて、絵に描いたような祝日の車内だった。適当に座ってスマホを開き、今日の昼ご飯を考える。今日は新宿の地下街を適当に彷徨って立ち食いそばでも食べることにしようか。

新宿

 改札を出て地下街のほうへ進む。しばらく店を探しながら歩いて、入ることにしたのは箱根そば本陣、一般的な立ち食いそばよりは値が張るが、店の雰囲気は明るくて清潔感があるし、安っぽさが全くなく、そして何よりも美味しい。こういう立ち食いそばは安っぽくて多少粗雑なくらいの旨さが粋だとも思うのだが、値が張るものをたまに食べるのこそ粋だと思う。
 質の高い蕎麦で腹ごしらえができたところで、”小江戸”を目指すべく西武新宿駅に向かう。このあたりは地上にいれば自分がどこにいるのか分かるのだが、地下街だと居場所がよく分からない。とりあえず看板の矢印だけを信じることにして適当に進んでいき、それらしき場所で地上に出ると西武新宿駅前に着いていた。

西武新宿12:40→本川越13:25 特急小江戸13号本川越行き

 改札前の券売機では特急券は買えないようで、窓口で特急券を1枚求める。駅員氏の素早い操作で発券されたのは先頭7号車窓側の席だった。

空調の風でリネンが1枚舞い上がって面白写真になった図

 7号車の乗客は私のほか4人ほどで、周りには誰も座っていない。まるで1人でこの列車を貸し切ったような気分になって、売店で買ったコーヒーを飲み始める。二口飲んだあたりでドアが閉まって、特急小江戸はゆっくりと動き始める。学生の頃は豊島区と新宿区の境目のあたりに住んでいて、新宿のあたりにも住んでいたから、新宿近辺のこのあたりの景色は思い出の風景になりかけている。いや、大学を卒業したのなんてほんの3~4年前の話で、思い出の風景は流石に言い過ぎか。とはいえ、少し懐かしさを感じる風景であるのは間違いなくて、駐車場、駐輪場、看板、マンション、つつじ通りに面したいつも通りの風景を眺めていると高田馬場駅に着いた。見慣れた高田馬場のロータリーだなと思いながら眺めていると、突然銀色で背の高いホテルが現れてきて驚いた。そういえばここに新しい建物が建設中だった気はするが、その1つの建物が建つだけで見知った早稲田口と早稲田通りが昔より引き締まって見えてくる。これはわかりやすく目に見えた変化だが、たかが3年でも見えない部分も含めて街は確かに変わっていて、記憶の中の高田馬場は確かに過去の世界になっている。
 大きく左にカーブすると、線路は住宅街の中を突き進んでいく。下落合、中井と進んでいくと、工事区間が目立ってくるようになる。どうもこのあたりは立体交差化工事が計画されているようで、その関係だろう。完成するのは数年後、路地裏を駆け抜けていくような今の光景は無くなってしまうかもしれないが、高い視点からどんな景色が見えてくるのだろうか。
 工事もあり、先行列車の兼ね合いもあり、特急はゆっくりと進んでいく。私には一切速度感はないが、たぶん時速60~70kmくらいだろうか。ゆったりした空間でリクライニングが利いた座席に腰掛け、車窓を眺めるには、これくらいのゆっくりしたスピードが心地よい。もちろんこれは”特急”で、スピードが求められる列車であることは言うまでもないからこんなことを言うのはあまりにも身勝手だろうが、フルスピードで飛ばしていくのは野暮なのではないかとすら思えてくる。そんなことを考えていると、列車は加速していき、鷺ノ宮で先行する列車を抜かしていった。とはいえ全速力といった感じではなく、心地よさが残るスピード、これこそ快適な速度ではないだろうか。
 しばらくすると小雨が降ってきた。晴れの日に心地よく日差しを浴びているのも良いが、小雨が降り、薄暗い空の下で湿り気を含んだ街の様子は、冷たく降り注ぐ雨と普段より落ち着きが増したように見えてくる。その街並みは、もの悲しさと優しさが同居しているように感じられて、心にしみわたってくるような良さがある。私も普段は雨が嫌いなのだが、旅の途中の雨は案外好きかもしれない。もっとゆっくり雨の車窓を味わっていたいが、あっという間に45分経ってしまい、終点の本川越に着いた。

本川越→川越市

 西武新宿線、そして東武東上線の川越市より南の区間に初めて乗ったのは2017年4月5日のこと、当時18歳の私は実家を出て東京に住み始めてから1週間足らずで、翌日には大学生活初めての授業が控えていた。まだ下宿先近辺の道すら知らず、少し遠回りして最寄り駅まで向かって、本川越まで行った。今日と同じこの改札と同じ道を通ったはずで、辛うじて本川越駅の改札口の風景となんとなくの川越の街並みの記憶はあるのだが、それ以外はあまり覚えていない。小江戸の片鱗が網膜に映りつつも頭には入ってこず、翌日から始まる学生生活とまだ慣れない一人暮らしへの漠然とした不安感と寂しさだけに囚われていた気がする。7年後、もちろん一人の力ではないなんて重々承知だが、案外なんとなく今まで平穏無事に生きてこうして再訪することができた。少し感慨深い気持ちになりながら、細い道を走るタクシーや左右の串焼き屋、蕎麦屋を眺めつつ歩いていく。交差点を渡り、建物の角を曲がると川越市駅が見えてきた。

川越市13:36→坂戸13:46 急行森林公園行き

 跨線橋を渡り、階段を下るとちょうど列車が入ってきた。ここから先は未乗区間、あれだけ熱く特急小江戸の道中を語ったが、ここからが今日の乗り継ぎの本質になる。失礼ながらこのあたりはあまり乗客がいないのではないかと思っていたのだが、8両編成くらいの比較的長い列車に結構な数の乗客がいて驚いた。1駅か2駅くらいは吊革につかまっていたのだが、このあたりが下車のピークのようで、車内は閑散としてくる。降りる駅を思わず忘れそうになるが、すぐに越生線との乗換駅の坂戸に到着する。

坂戸13:49→越生14:07 普通越生行き

 少し急ぎ気味に階段を上がって跨線橋を渡ると、8両や10両の長い列車が来る東上線のホームとは一変、4両編成の列車が停まり少し薄暗さが漂うローカル線のホームに辿り着いた。車内に入ると、部活帰りと思しき学生の集団がいくつか見えるほかは、地元住民が数人ほどだった。定刻になると発車を知らせる放送がホームに虚しく響き渡り、ゆっくりと列車が動き出す。少し走ると建物の背が低くなり、コンクリートは木造になっていき、田畑が垣間見えてくる。すぐに建物の量がまた多くなると、次の駅に着く。気が付けば単線で、駅で対向の列車とすれ違った。ロングシートの端で仕切りにもたれながら昼寝をする人、友人とおしゃべりに興じる人、ほんの1時間半前まで都心で見ていた光景とは全く異なる光景がそこにあった。

ホームの幅が狭いからか少し圧迫感がある

越生

 小さな改札を通り、跨線橋を渡って外に出ると、木造瓦葺きを模したような、少しレトロな駅舎が出迎えてくれた。ちょうどお彼岸の時期で、近くの墓地への直行バスが物静かに乗客を待っている。目の前には法恩寺があり、そこに向かってまるでゲートのように短い道が伸びている。少しそちらのほうに歩くと、太田道灌生誕の地という大きな説明看板が何枚か並んでいる。一通り読んで、近くにあるという山吹の里に心惹かれるものはあるが、今日は意外と時間がない。駅の近所の名所にはどこにも行けず、反対側のロータリーくらいは眺めることにして、後ろ髪を引かれる思いで改札を通った。

今日は観光窓口が閉まっていた

越生14:24→坂戸14:42 普通坂戸行き

 来た道を坂戸まで戻っていく。雲の合間から太陽が顔をのぞかせてきて、大きな窓から差し込んでくる日差しが心地よい。今日はここまで曇りや雨続きで、こういう不意打ち的に包み込んでくる柔らかな日差しに飲み込まれて転寝しそうになるが、恐らくこの越生線を往復し続けているだけであろうこの列車の中での昼寝は少し勇気がいる。眠気にほどほどに抗おうと車内を見渡すと、京成スカイライナーの広告が目に留まった。東武と京成、明確に競合するような区間がないからかもしれないが、大手私鉄が別の大手私鉄に広告を出すというのは関係性として少し面白い気がする。この両者は相互乗り入れをしているわけでもないはずだし、直接的な関係が薄いような気もするのだが、さほど競合しあわず都心を中心に放射状に各私鉄線が伸びていった歴史がこういう関係性を生んでいるのかもしれない。

坂戸14:47→森林公園14:59 急行森林公園行き

 坂戸に着き、ゆっくり跨線橋を渡ると、回送列車が通り過ぎていった。直後にやってきたのが森林公園行き、車内に入ると座席の2割くらいが埋まる程度だが、見た限り他の車両も同じくらいだと思う。適当な座席に座って、この先の予定を考える。このまま寄居まで向かって東上線は乗り通すとして、そこから先はどうしようか。そのまま折り返すのは勿体ないし、先日乗ったばかりの秩父鉄道に乗るのもどうだろうかと思う。1時間ほど乗り換え時間ができてしまうが、少し天気が回復してきたこともあるし、駅前を散策して、当初の目論見通り八高線のディーゼルカーに乗ることにしようか。そんなことを考えていると森林公園駅が近づいてきた。軽く時刻だけ確認して降りる準備を始める。

森林公園

 前の列車からの乗り継ぎ客もいるのだろうか、ホーム上の待ち合いの座席はおおむね埋まっていて、私が乗っていた10両のこの長い列車からもそれなりの人数が降りてきて驚いた。軽く確認した旅程だと乗り換え時間は10分強あるはずだが、乗り換えの寄居行きは早々と入線しているし、ホームを移動する人もどこか勇み足に見える。少し不思議に思いながら、まあ時間もあるからと階段を上って駅舎内に入ってみる。行先表示機に”卒業 未来・希望”と書かれた少し大きめの模型がカットボディの形で置かれていて面白い。どういう意図でだれが作ってなぜ置かれているのかとても興味を引くのだが、残念ながら解説はない。まだ10分くらいはあるが、特にやることもないし列車も来ているから乗ろうかと階段を下り、ホームを降りると寄居行きの発車アナウンスが鳴って驚いた。とりあえず乗り込むとすぐに扉が閉まる。発車時刻の確認があまりにも雑だったからか、15時03分発の列車を15時13分発だと勘違いしていた。まあ、これを乗り逃したところで大して影響はないし、今でさえ寄居から先、八高線で高麗川まで出てからの旅程を決めていないくらいだから、森林公園駅近辺を散策して次の列車に乗るという作戦でも良かったのかもしれないが、とはいえあまりにも軽率だったと少し反省する。

【緩募】この模型の解説

森林公園15:03→寄居15:33 普通寄居行き

 こういうのをてんやわんやと言うのだろうか、いや、別に狼狽えているわけでも焦っているわけでもないのだが。とりあえず予定通りの寄居行きに乗り込めたが、あのホーム上にいた大勢の人がこの4両編成に乗り込んで座席が余るわけはなく、吊革を握って外を眺める。また少し天気が悪くなってきて、少し前までの柔らかな日差しからは一変、彩度低めの落ち着いた世界が目の前に現れる。田畑に住宅が垣間見えたと思えば高速道路と交差し、緑と建物の比率が逆転していく。暫くすると駅に着いて、多くの人が降りて行く。小川町に着くころには座席も空いてきたが、空は一段と暗くなっていく。急に一瞬だけ明るくなったかと思えば遠くから雷鳴が聞こえたような気がした。
 小川町を過ぎると少し眠気が強くなってきて、そのまま眠ってしまった。いくつか駅に停まった記憶はあるのだが、次に目が覚めるとちょうど寄居駅に着く時で、なんとも呆気ない東上線完乗だった。

寄居駅

 眠気の残る体を起こして階段を上る。出札用のカードリーダにICカードをかざしてそのまま進んでいくと少し大きめの窓口がある。手前でJR、秩父鉄道側に伸びる通路が分岐していて、この窓口が3社の実質的な改札のような機能を果たしているらしい。
 そのまま進んで南北の出入り口をつなぐ通路に出ると、遠くからSLパレオエクスプレスの入線を告げる放送が聞こえてくる気がする。一瞬なにかの気のせいかとも思ったのだが、今日は祝日、走っていて何らおかしくはない。思わず周辺を見渡して時刻表を探し、同時に腕時計を見る。まさに到着時刻、一瞬ホームに向かおうかとも考えたのだが、入場券が必要なのか、入場券を買う時間があるのかもわからない。ざっと見渡す限り北口側からならSLを眺めることができそうで、急いでそちらに向かう。階段を降りるとすぐに白い煙と重々しい音が聞こえてきた。後ろの客車も含めて端正で、どこかスマートにも感じるような気がする。数分の停車ののち、車齢80歳の年を感じさせないほど軽快に、音だけは重厚感がありつつ走り去っていった。SLを眺めるなんて全く狙っていなかったのだが、思いがけず良いものを見ることができた。

写真の技術がほしい
広々として爽やかさを感じさせる駅前の通り

 さて、次の高麗川行きまではまだ50分ほどある。南口からしばらく行くと鉢形城公園という場所があるらしい。そこを目指して歩いていくこととしようか。南口に出てみると、まだ整備されて間もないのか、ロータリーの出口から綺麗なアスファルトの車道と整っていて汚れのないタイル敷きの真っすぐな道が伸びている。この見ているだけでも清々しいくらいの道を進んでいった先に件の公園があるらしい。10分弱ほど歩いただろうか、橋が見えてきた。河岸は木々や植物が多く生えていて、少し低い位置を流れている川は少し流れが急に見える。橋の手前から景色を楽しんでいると、急に雨が降り始めてきた。急いで折りたたみ傘を出すと雨は大粒の雹に変わった。さすがに雹に降られながら散歩というわけにはいかない。目の前のセブンイレブンに入ろうかと思ったが、その少し先にベルクという名前のスーパーが見えたからそちらに避難することにした。風もかなり強く、折り畳み傘が飛ばされないようにしながらやっとの思いで建物に逃げ込む。ついでに店内を巡って、間食にでもしようかとおにぎりを買っていると雨は止んだようで、いまのうちに寄居駅に戻ることにする。偶然入ることになったこのスーパー、人生のうちにもう一度来ることがあるのだろうか、このあたりに住むことにでもならない限りは多分無いだろう。こういう一期一会も気まぐれな乗り継ぎの面白いところかもしれない。

雹から逃げ惑った末に辿り着いたスーパー

 寄居駅に着いたのは発車20分前、八高線ホームに下りるともうすでにかなりの人が次の列車を待っていて驚いた。偶然空いていた待ち合いの席で先ほどのスーパーのおにぎりを食べつつスマホを眺めていると、就職を控えているらしい学生の会話が耳に入ってきた。
「内定先に色は出ないけど就職先に色は出るんだよな」
仲間うちの就活話をしていたようだが、たしかにそうだよなとこの深い一言に心の中で頷いた。

寄居16:33→高麗川17:15 普通高麗川行き

 何のアナウンスもなく、音もなく、ふとスマホから目を離すとちょうどホーム列車が入ってくるところが目に入ってきた。不意打ちで現れたこのディーゼルカーが高麗川行き、待ち合いの椅子を立ってドアの前まで行き、乗り込む。車内は混雑していたが席は空いていて、適当な場所に腰を下ろす。
 ディーゼルカーに乗るなんてすごく久々なような気がする。普段電車に乗って通勤しているし、広島にいるころも路面電車で通学していたが、ディーゼルカーに日常的に乗るということが未だかつてないから、このエンジン音とレールのジョイントの音の組み合わせを聞くと非日常感がする。これが私にとって旅情を最も感じる瞬間かもしれない。運転席のほうから警笛の音がする。どちらの窓を眺めても山が迫ってきていて、うち片方からは少し大きめの道路が見えてくる。谷底を這うようにしばらく走って、少し開けた場所に出ると明覚駅に着く。
「この駅で行き違う予定の列車の窓ガラスが破損しており、安全確認中のため遅れが出ています。当駅で暫く停車します。」
突然そんな放送が流れ、少し重苦しい空気が漂う。行き違い列車がどのあたりを走っているのかも、何分くらい待つのかもよく分からない。これは長期戦になるかと覚悟していたら2分後に何事もなく発車して面食らった。対向列車が来たわけではないから行き違い駅を変えたのだろう。そこから数駅走って毛呂駅で対向列車と行き違い。どこか壊れている様子は見えなかったが、毛呂駅で車両点検と情報が出ていたからこの車両なのだろう。

高麗川17:19→川越17:45 普通川越行き

 高麗川駅に着くと、乗り換え先の列車の乗り場が普段とは違うようで、しきりに案内放送が流れている。強風で東上線は遅れ、川越線も遅延していて八高線との直通運転を取りやめているらしい。このまま八高線に乗り続けて南下するのも良いが、直感的に川越線に乗るほうが面白いような気がして目の前の川越行きに乗り込む。多少遅れても家に帰れないなんてことはないだろう。
 ドアが閉まり、高麗川駅を出た直後のカーブに差し掛かると強めのブレーキが掛かった。どうしたものかと思っていると安全確認での停車だという。外を見ると夕日に照らされて雲が美しく輝いている。しばらく眺めていると普段よりもかなり速いスピードで雲が流れていくことに気が付いた。上空は相当な強風らしい。
 幸いすぐに運転再開したが、しばらくは遅れを回復させるためか全速力で走り抜けていく。的場に着くとここからは徐行運転ということらしく、慎重に走っていき、結局5分遅れで川越駅に到着した。

ここから先がヤマ場とはつゆ知らず

川越

 定刻17:46発の大宮行きはまだ2駅手前らしい。とりあえずこれで大宮まで出て、大宮の駅構内で夕飯でも食べようかと心に決め、到着を待つ。結局17:55ごろに列車が入ってきて、適当に空いた座席に座り込む。スマホを開くと、駅のホームから不穏な放送が聞こえてくる。どうもこの先の区間で風速が規制値を超え、川越~大宮で運転見合わせ、再開見込みなしの状況らしい。天気アプリを開くとこの先暫く風が落ち着くような気配はない。このまま暫くは待っていようかとも思ったのだが、直後に宇都宮線の運転見合わせの情報が入った。さすがにそれは話が変わってくる。大宮に着いても帰れない状態では話にならないから、他の路線に切り替えることにしようか。東上線は遅れていると聞くし、ここは行きと同じにはなるが西武新宿線で新宿に抜けることにする。

川越→本川越

 駅舎を出るととてつもない強風に驚く。目に砂が入ってきてまともに開けていられない。ペデストリアンデッキを降りて、そのまま線路沿いの道を歩いていくが、向かい風が強くて足が前に進んでいかない。バスに乗っても良いかもしれないがどれに乗ればよいのかすぐには分からず、ここは覚悟を決めてなりふり構わず突き進むしかない。やっとの思いで本川越駅近くの交差点のあたりまで着くと、目の前の踏切が閉じて西武線の列車が通過していった。とりあえず運転見合わせにはなっていないらしい。早く川越を抜けたいという気持ちばかり募って焦るが、ここから改札口まではもう少しある。少し小走り気味に駅舎に向かった。
 図らずも今日一日で川越~本川越~川越市と、この付近の主要3駅を徒歩で移動することになった。無事、本川越駅の改札前まで辿り着くと、殆ど人がいなかったが、幸い西部新宿線は目立った遅延すらないらしい。電光掲示板を見ると、次の列車は18:20発の準急とのこと。それに乗っても良いが、1分1秒でも早く、そして快適に新宿に着きたい。その10分後は特急小江戸、600円払えば快適な車内で移動できることに気が付いて、思わず特急券を買いに窓口に向かった。
「遠い車両の席でもいいですか?」
窓口の駅員氏はそう言いながら1号車の特急券を出してくれた。

本川越18:30→西武新宿19:17 特急小江戸40号西武新宿行き

 寒いホームで18:20発の準急を見送り、直後に特急小江戸が入ってきた。すぐにでも乗り込みたいが、残念ながらここは終着駅、折り返し作業が始まってすぐには乗り込めない。思わず今か今かと車内を覗き込んでしまうが、清掃作業員を焦らせてはいけない。

やあ、また会えたね

 車内に乗り込んだのは発車数分前、この車両の乗客は私一人だった。対向列車の到着を待ち、約3分遅れで発車する。テーブルを広げ、温かい飲み物を飲みながらスマホを見ると、川越線が運転再開したとの情報が目に入った。宇都宮線も再開したようで、結果論ではあるが、あのままでも大宮側に抜けられたことにはなる。
 この特急小江戸は何事もなく走っていくが、風が強いには変わりない。予報を見ても弱まる気配はなさそうだし、途中で見合わせてもらっても困る。今日の昼過ぎ、同じく特急小江戸に乗りながらフルスピードは野暮、ゆっくり走っていくから良いなんて散々書いたばかりだが、この時ばかりはフルスピードで一刻も早く新宿に着いてほしいの一心だった。川越線を選んだのも私だし、朝と晩で掌返しで身勝手なことこのうえないが、もっとスピードが出ないものか。
 そういえば、特急券を買う時に敢えて改札から遠い1号車が発券されたのはどういう理由だろうか。往路の本川越行きに乗った時も同じく乗車駅の改札から一番遠い7号車であったし、敢えてそうしているのだろうか。少し考えてみたのだが、これは検札(といっても、データベースと座り位置が一致していることを目視で確認するだけで、切符まで見に来るわけではないのだが)の関係なのではないかと思い至った。車掌からすれば本川越行きの7号車と西武新宿行きの1号車は一番遠い車両ということになるが、一番遠い車両まで巡回できるのは、現実的に考えて駅間が最も長い東村山~高田馬場だけだろう。故に、東村山~高田馬場を跨いで乗る長距離の客を車掌から遠い車両に置く運用にしているのではないか?そんな勝手な仮説を考えていると無事高田馬場まで着いた。ここまで来ればさすがに帰れないということはない。焦りが安堵に変わって、改めて座席に深く座りなおした。
 そのまま何事もなく西武新宿に着き、ホームに降り立つ。車内であれほどいろいろ考えていたが、この7号車が西武新宿駅の出口の改札に最も近いことに気が付いた。そういえば本川越駅の改札に一番近いのは先頭1号車のはず、これは検札の関係ではなくて、単に駅員が気を利かせて降車駅の改札に近い号車を選んでくれただけかもしれない。真相やいかに。

新宿→某駅

 強風との激闘を制し、無事新宿に戻ってくることができた。ウイニングランの気分で地下街を歩き、帰路に就く。夕方までは高い駅弁でも買って帰ろうかと思っていたのだが、駅弁屋に寄るよりも一刻も早く家に帰りたい気持ちのほうが勝ってしまって、そのまま通り過ぎてしまった。
 明日は平日、もう12時間後には職場にいるのかと少しだけ肩を落としながら、コンビニで買った弁当を片手に自宅の扉を開く。これで東上線方面は完乗、東武鉄道は栃木方面を残すのみだが、このあたりは他に乗りたい路線もある。静岡の私鉄も乗りつぶしたいし、さて、次はどこに行くことにするか。もう近場はだいたい乗りつぶしてしまっているから、”日帰り”を銘打ち続けるにしてはすこし戦略が必要になってきた頃かもしれない。

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