慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群に対する鍼治療効果はハリの深さで異なる?
はじめに
近年、慢性前立腺炎や間質性膀胱炎を含めた慢性骨盤痛症候群における鍼の良質な臨床研究は増えてきており、欧州泌尿器科学会(EAU)における診療ガイドラインでは、"慢性骨盤痛症候群に対して鍼治療を推奨する"、というレベルにまで高まってきました。
しかしながら、どのような鍼治療の手法がより効果的なのかは、現時点ではまだ結論が出ておらず、検証の余地があります。
さらに、日本国内の鍼灸治療にはたくさんの流派があり、鍼の使い方は様々です。
1度の治療でたくさん鍼を使う先生もあれば、1本で完結させる先生もおられます。深く刺す先生、浅く刺す先生、さらには接触鍼といって触れるだけで全く刺さない先生もいらっしゃいます。
実に多種多様です。
また、どちらかと言うと、日本鍼灸は東アジア諸国、欧米諸国と比べると、細い鍼で、刺激の少ない優しい鍼治療というのが特徴のようです。
では、慢性前立腺炎においては、一体どのような刺鍼方法がより良いのでしょうか?
過去の論文報告をもとに考えてみたいと思います。
慢性前立腺炎の鍼治療ってどんな方法が良いの?
2017年のComplementary and Alternative Medicineに掲載された論文にこんなものがあります。上海中医薬大学からの報告です。
タイトル " The effectiveness of long-needle acupuncture at acupoints BL30 and BL35 for CP/CPPS: a randomized controlled pilot study "
タイトルから読み取るに、慢性前立腺炎に対する鍼治療効果を検証するに際し、BL30(白環兪)とBL35(会陽)というツボに、長鍼(長いハリ)を用いた鍼治療の効果を無作為化比較試験により検討した、という内容のようです。
本論文は、慢性前立腺炎 / 慢性骨盤痛症候群における鍼の臨床研究としては、ちょっと珍しく、より臨床に即した研究だな、臨床家の先生の日常診療のヒントになりそうだな💡と思ったので紹介したいと思います。
では内容を見ていきましょう。
背景
筆者らは、過去の観察研究として、BL30(白環兪)およびBL35(会陽)に対する、75~90mmの深刺する鍼治療が、慢性前立腺炎の臨床症状を有意に改善したと報告しています。
本研究の目的
慢性前立腺炎に対するBL30(白環兪)とBL35(会陽)のツボへの、深刺する鍼治療の有効性を、浅く刺す従来の鍼治療(traditional acupuncture)と比較すること。
研究デザイン
●無作為化単盲検比較試験
●対象患者は、長針治療または従来の鍼治療のいずれかを2週間受けた。
●評価は評価者が個別に行い、評価者は鍼治療介入の種類について盲検化された。
対象者
(1)CP/CPPSと診断された者
(2)症状が3ヶ月以上続いている者
(3)20~50歳の男性
介入方法
いずれの群も両側のBL30(白環兪)とBL35(会陽)を用い、治療は週3回、2週間(6セッション)行った。
●深刺群(long-needle acupuncture)
▶︎長針(0.4×100mm)を75~90mm垂直に刺入。
局所から会陰(尿道,肛門含む)にかけて得気感(痛み,しびれ感覚)を確認。
●浅刺群(従来の鍼治療:traditional acupuncture)
▶︎0.3×40mm鍼を25-35mm垂直に刺入。
▶︎鍼通電刺激の方法
両群とも2.5Hz、30分間刺激。電流強度は患者の許容範囲により決定。
▶︎フォローアップ
介入開始後24週目にフォローアップを実施した。
評価
●主要評価項目としてNIH-CPSIを使用。
●NIH-CPSIの4つのドメイン(痛みまたは不快感、排尿、症状の影響、QOL)は二次解析で評価。
●臨床効果は,治療後のNIH-CPSIスコアの変化率((治療後のスコア-治療前のスコア)/治療前のスコア×100%)により評価。
●NIH-CPSIスコアが30%改善した場合を有効とした。
●NIH-CPSI評価は、ベースライン、2週目、24週目(フォローアップ)に実施。
データ解析
●2 群間または時点間の連続データには t 検定を使用。
●臨床効果の評価には、カイ二乗検定を使用。
結果
▶︎77人のうち、39人が長針治療、38人が従来の鍼治療を受けた。
年齢、罹病期間、NIH-CPSIスコアとその領域(疼痛または不快感スコア、排尿、症状の影響、QOL)に関する両群のベースラインは有意差無し(table:1)。
長鍼による治療でNIH-CPSIスコアが改善された
●鍼治療2週後、NIH-CPSIとその4領域(痛みまたは不快感、排尿、症状への影響、QOL)の合計スコアは、LA(深刺群)、TA(浅刺群)のいずれも(P < 0.05)有意に減少した(table 2)。
●LA(深刺群)では、TA群(浅刺群)に比べ、総スコアとその4領域が有意に低かった(P < 0.05)。
●22週間の追跡調査では、LA治療(深刺群)はTA治療(浅刺群)と比較して、総スコアと4つのドメインのうち3つ(痛みまたは不快感、症状の影響、QOL)を有意に減少させた(P < 0.05)。
深刺群はより大きな臨床効果を示した
LA(深刺群)はTA(浅刺群)に比べ有意に高い臨床効果(NIH-CPSIスコア30%以上改善した対象者の割合)を示した(P=0.001)。(table 3)
有効(NIH-CPSIスコア30%以上改善)の割合が、LA(深刺群)で56%、TA(浅刺群)で21%と大きく異なることが分かります。
まとめ・考察
本論文では、BL30(白環兪)とBL35(会陽)における深刺治療(75~90mm)と、一般的な刺鍼深度の治療(25-35mm)、両治療とも、慢性前立腺炎に対して治療効果を示しました。一方で、両群で比較した場合には、深刺治療は浅刺治療に比べ、慢性前立腺炎症状を有意に改善させました。
この研究の対象群はポジティブな治療(いわゆるsham鍼とは異なる)であったため、2つの治療の差は、sham鍼のようなコントロールがもたらす差よりも小さいと考えられます。
本論文における効果の差から、陰部神経への刺激がCP/CPPS改善に重要なのではないかと考えられます。解剖学的に見ると、陰部神経はBL30(白環兪)とBL35(会陽)の深部を通過しているため、長針を深く刺入すると、陰部神経への刺激が強まり、結果的に会陰部野の鎮痛が促進されると考えられます。
他の先行研究(下記の2論文)においては、長鍼は、会陰横筋の収縮をより強くし、その結果、前立腺の局所血液循環を改善し、骨盤内の炎症を軽減する可能性があることが報告されています。
Ge J et al. Chinese Acuponcture & Moxibustion. 2001;21(2):73–4.
Wang s-y at al. Shanghai Journal of Acupuncture and Moxibustion 2006, 25(5):13–15.
※注意
慢性前立腺炎において、日本国内では症例報告単位での報告がほとんどで、各刺鍼法を比較検討した臨床研究はありません。従って、浅い刺鍼法全てを否定するものでは決してありません。
あくまで、「本研究で用いられた経穴(白環兪・会陽)においては、刺鍼深度により差があった。」というものです。
烏丸いとう鍼灸院 院長:伊藤千展
京都市中京区元竹田町639-1 友和ビル5F
TEL: 075-555-7224
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