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小便器がジェンダーを生む?

こんにちは!アニエスです。今日は、日本社会でジェンダー(男女の性区別)が生まれる要因のひとつについて書きたいと思います。

※タイトルの通り、トイレ周りの話になりますので【閲覧注意】ということでひとつよろしくおねがいします。


小便器の違和感

先日、どこでどのようにとは言わないが不本意ながら男子トイレの中が目に入ってしまったことがありました。小便器を前に他人と肩を並べて年齢や職場での役割を超えて用を足す男性たちの背中を見て、何とも言えない感覚を味わいました。

思えば女性は、赤ん坊の頃を除いてトイレで用を足す所を他人に見せることはありません。だから今更ながら男性が小便器の前で肩を並べて用を足す、という光景がとんでもなく異様なものに思えてしまった。もちろん、小便器を利用する男性だってわざわざ他人の排泄を覗き見るわけではないでしょうし、好きでそういうスタイルになっているわけではないのでしょうが…


「ついているから」立たされる

娘が通っていた保育園のトイレにも小さな小便器と小さな洋式の便器がありました。洋式の便器には低い仕切りがありましたが扉はなく、布製のカーテンのようなものを端に渡して隠す程度のものだったのでほぼ他人の排泄が見える状態でしたが、肝心の部分は仕切りで隠れていたように思います。その点、小便器についてはほぼ丸出しです。おそらく自分の性別を自覚する前から「ついている」か「ついていない」かで小便器に立たされている。恥ずかしい部分を恥ずかしい部分だと知らされないまま他人と排泄を共にしなければならないという乱暴さがあるように思うのです。

「ついているから」というだけで排泄行為というなかなかの羞恥を共有しなければならいのだから、その延長にエロの共有や蔓延があっても何もおかしくはない。「そうは言っても、peeをする仲じゃないっすか」あるいは「いつかどこかでpeeを共有することがあるかもしれない」と思えば、半沢直樹のような下克上は起こり得ないし、ホモソーシャルという悪しき連帯が生まれるのも自然なことなのではないか。


小便器廃絶はジェンダーフリーへの近道?

テレビで、男女の違いについての実験を見たことがあります。男性同士と女性同士でそれぞれエレベーターに満員の状態で乗って、パーソナルスペースの違いを見るというものでした。具体的な人数は忘れましたが、圧倒的に男性の方がエレベーターに乗る人数=詰められる人数が多かった。つまり、男性はパーソナルスペースが狭いという結果になりました。これはエレベータに限らず、満員電車も同じ理屈でしょう。あのギュウギュウのもはや奴隷船のような状態を異常だということを思いつつ何年も続けられる、というのは完全にこじつけではありますが小便器という習慣がそうさせているのかも。

身体の構造上、排泄には小便器が理にかなっているのかもしれませんがどうやら、ジェンダーを生む要因の一つにもなっているような気がするのです。もし洋式便器でことが足りるのであれば、あるいは小便器であっても個室にするなどの工夫をして、幼稚園・保育園・小学校といった性差を自覚していない年齢の利用するところから改善して欲しいもの。10年20年経ったとき、「小便器世代」と「フリー便器世代」ではジェンダーに大きな違いが出るのではないかと思います。

核兵器廃絶と共に小便器の廃絶もどうかひとつお願いしたいものです。

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