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【連載小説「辻家の人々」】007   ノムさん/辻ヤスシ

辻家の新年は決まって東京都港区にある増上寺で迎える。

年が明ける数時間前に現地に到着し、無料配布の風船を貰い、願い事を書いた紙を結び付ける。
それを午前0時に数万人の参拝客と一緒に夜空へと飛ばすのだ。
これは父親がプロ野球選手になった年からの恒例行事である。

小学5年生。
この年も例に漏れず増上寺へと参拝に訪れていた。
風船を飛ばす前に両親はトイレに行くとその場を離れた。
1人で待っていると自分の目の前をおじいちゃんが通り過ぎて行った。そのおじいちゃんには見覚えがあった。

名将ノムさんだ。

ノムさんと言えば、当時父親が所属していた西武ライオンズの1番のライバルチームであるヤクルトスワローズの監督。いわば辻家の敵である。面識はない。だが、気付けば自分の足はノムさんを追いかけ、声を掛けていた。

「ボウズ、サインか?」

そう聞かれたが、違うと答え自分は辻発彦の息子ということを告げた。
そして父親がお世話になっていますと挨拶をした。
正直、敵将であるノムさんには父親も辻家もお世話などされていないのだが、子供ながらに大人びた挨拶である。

「こちらこそ。辻によろしくな」

そう言ってノムさんは風船片手に1人で人混みへと消えていった。

それから数年後。父親がヤクルトスワローズに移籍することとなり、そこから3年間ノムさんに大変お世話になるんだから縁と言うのは面白い。

ちなみに、父親が移籍してノムさんに1番最初に掛けられた言葉は
「ボウズは元気か?」
だったという。

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