大阪ストラグル(第1部)第8話

俺は一馬くんに事の成り行きを話した。
「一馬くん、実はな……」
 フィーバーレクサスVで連チャン誘発打法をしていたら、柿本のツレでもある大川に打ち子に誘われたこと、そしてその大川がどうやら打ち子グループのバックである黒田組の関係者に拉致られているらしいということ。

 話の途中でフンフンと相槌を打ちながら聞いていた一馬くんは、俺の話が終わると同時に、咥えていた煙草に火をつけながらニヤっと笑う。
「まぁー、ようあるわなぁ、パチンコ屋関係での揉め事って。それにしても…昨日揉めたヤツが今日には拉致られてるって!タケシくん、アレやな、類は友を呼ぶっちゅーヤツやな」
「チャカさんといてや一馬くん。俺は別にエエねんけど…その大川ってのがコイツにとっては大事なヤツらしいねん。なっ?柿やん?」
「そ、そ、そうや」
 柿本はまだビビッていた。ちょっと前までは事務所に乗り込むと息巻いてたんとちゃうんかい。俺は心の中で突っ込む。
「フンフン、黒田組…黒田組なぁ?」
 煙草の煙を見つめながら、独り言のように一馬くんが呟く。柿本は強張った表情で一馬くんの顔をじっと見ている。
 その時、事務所のドアがガチャリと開き、買い出しに出ていた浩二が帰ってきた。
「からあげくんレッドなかったで?普通のんでええ?」
「エッ!? ちょ、俺はレッドが…」
 一馬くんは俺のからあげくんレッドへの想いを遮るように浩二に問いかけた。
「浩二、黒田組て知ってるか?」
「黒田組っちゅうたら、京都の八幡辺りを仕切ってる小さな組ですわ」
 浩二はコンビニのビニール袋から、からあげくんを俺に手渡しながら答えた。
「へぇ。知ってんのか?」
「ええ…ガキの頃に可愛がってた後輩が、その組にいまっせ。なんかありましたん?」
 今度は一馬くんが浩二に事情を説明した。はー。とか、へぇー。とか変に大きなリアクションをとりながら浩二は話を聞いていた。
 俺の分のついでに買ったのであろう、自分のからあげくんを食っていた浩二は、それを飲みこむとこう言った。
「じゃあ一本電話入れて、探らせましょか?」
「おう、頼むわ。タケシくん、一個ちょうだいや」
 そう言いながら一馬くんは俺の方に手を伸ばしてきた。

「嫌や!!」「ワシの銭やないかい!! エエやろ一個ぐらい」
 俺と一馬くんがガキみたいなやり取りをしている横で、柿本は買ってきてもらったコーヒーに手をつけようとさえしない。
「柿やん…コーヒーでも」
 俺が柿本にコーヒーを勧めようとした時だった。電話をしていた浩二の怒声で、皆の手が一斉に止まる。
「知りませんって何やコラ!! ワレの下のもんにもちゃんと聞いたんかい!! おう、おう、そうか、ホンマやな、おう、わかった」
 浩二は電話を切り、一馬くんの隣へ腰をかけた。
「なんや、どないやて?」
「どないもこないもありませんわ。黒田組はその打ち子やら大川ちゅう話は寝耳に水みたいですわ」
「浩二、頭エエ言葉使いよるやないか」
「でしょ?飲み屋の姉ちゃんに教えてもろたんですわ」
「使い方おうてんのか、それ」
「あの……すいません、話の途中で」
 柿本は一馬くんと浩二の低レベルな会話を小さな声で遮った。
「大川はどないなってるんですか…実際のところ」
「黒田組は関係ない言うてたからな」
「それ、嘘ってことはないんですか」
「兄ちゃん。ワシらの世界では嘘もつくことある。でもな、そんなコマい銭しか動かんような小便臭いことに、嘘なんかつかへんねん。ましてやワシの後輩や。あとあと、どうなるかもよう分かってるやろうからな」
「そういうこっちゃ。ヤクザの看板ウタってたとなると、犯人は完全な素人さんやろな。どないする、タケシくん。俺ら動いてもかめへんけど?」
 一馬くんはタバコを指で遊びながら俺をじっと見ている。
「俺らでなんとかやります!!」
 柿本が事務所に入ってようやく大きな声を発した。
「柿やん」
「よっしゃ、よう言うた、君!! さてタケシくん、ぼちぼちオジキが帰ってくるで」
「うわっ!! 柿やん、帰ろ!! ありがとう一馬くん、それと浩二くんも!!」
 叔父に話を通しに来たとは言え、どうやら犯人がその筋でないとわかった今、あのおっさんに会うのはただただ面倒臭いだけだった。
 俺は最後のからあげ君を頬張るなり、ソファから跳ねるように立ち上がった。
「ありがとうございました」
 柿本は深々と頭を下げていた。
 事務所のドアを乱暴に開け、俺は老朽化の進んだ廊下に靴音を響かせて走る。背後からは柿本の靴音も続いて聞こえていた。

 すでに外は暗かった。
「柿やん、とりあえず今から、大川の女の家に行ってみようか」
 事務所があるビルから出て、バイクに跨りながら俺は柿本にそう言った。
 柿本は、きょとんとしている。
「なんでや?」
「いや、なんとなくやけど…気になってることがあんねん。柿やん、女の家…知ってるやろ?」

 柿本に先導させてしばらくバイクを走らせる。その間、俺は考えをまとめていた。
 暗く細い路地に入ったことで、大川の彼女の家が近いことがわかった。
 バイクを乱暴に停め、柿本はある家を眺めた。俺が柿本の顔を見ると、柿本は何も言わずに頷いた。ココが大川の彼女の家らしい。普通の一軒家だ。
 俺は躊躇なく呼び鈴を押した。柿本は少し驚いたようだが、黙って見ている。

 少し間をおいて、同年代と思われる少女が迷惑そうな顔だけを玄関口から出した。この子が大川の彼女だろう。
「大川くん、おるやろ?」
 瞬間、その子は身体を硬直させた。
「えっ…誰なん? いませんけど」
“いません”か…。やっぱりな。俺は自分の中に生まれていたモヤモヤがさらに濃くなるのを感じた。

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