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ティッシュの注意書きを読ませたい問題/松真ユウ

物書きにとって一番悲しいことは、文章が上達しないことでもなければ文章を批判されることでもなく、そもそも文章を読んでもらえないことだ。あーでもないこーでもないと悪戦苦闘しながら必死に書き上げたところで、誰にも読んでもらえなければその苦労は水の泡。物書きが書いた文章は、人に読んでもらって初めて完成すると言っても過言ではない。

ーーそんなことをぼんやりと考えていたある日、お家でゴロゴロしていたらとある文章が目に入った。

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コレ、誰が読むんだろう…?

ティッシュの箱の裏には、このようにびっしりと文章が書いてある。特に、使用上の注意はティッシャー(ティッシュを使う人)が絶対に読まなければならない大事な項目なのに、おそらくコレを読んでいる人はほとんどいない。仮に渾身のボケLINEを未読スルーされたらどうだろう。仮に渾身のラブレターを読まずに捨てられたと知ったらどうだろう。この長文を書いた人の苦労を想像すると、物書きという職業に片足(先っぽだけ)を突っ込んでいる者としてえも言われぬ悲しみが込み上げてきたのである。

そこで今回は、ティッシュの注意書きをなるべく多くの人に読んでもらうべく、あの無機質な文章をあらゆる手段でグレードアップさせてみようと思う。コレは決して余計なお世話ではない。この世に蔓延る数多のリスクからティッシャーを守るための啓蒙活動なのだ。


では、その注意書きを改めて整理してみる。

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・このティシュペーパーは水に溶けにくいので、水洗トイレでは、使用したり捨てたりしないでください。

・引火をさけるため、火のそばには置かないでください。

・ミシン目で指を傷つけることがありますのでご注意ください。

・ゴミの分別は自治体の区分にしたがってください。

・においが吸着しやすいため、保管場所等にご注意ください。

改めて整理してみて、ティッシュの正式名称がティシュであることを知った。まさかの「グアム→ガム」パターン。この事実を知らずにみんながティッシュティッシュと連呼しているのは、注意書きが読まれていない何よりの証拠だ。やはり一刻も早くこの文章をグレードアップしてあげる必要がある。


①泣き落としで情に訴えかける

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・お願いです…このティシュが水に溶けられず苦しむ様をもう見たくないんです…。トイレで使用したり捨てたりして…私を悲しませるのはやめてください…。

・お願いです…このティシュが原因で火事を起こす人々を救いたいんです…。私のために…そして世界のために…火のそばにはティシュを置かないと誓ってください…。

・あなたがミシン目で指を傷つけてしまったら…私…もう耐えられません…。お願いです…あなたの指はあなた自身でお守りください…。

・ゴミはちゃんと分別してください…。

・お願いです…このティシュが他のにおいに毒される様を見たくないんです…。手遅れになる前に、早くティシュをにおいのないクリーンな世界に避難させてあげてください…。

いきなり出てきた「私」が誰なのかは不明だが、こんな切実な想いを吐露されてしまったらもう従わずにはいられない。大事なのは、注意書きを読ませた上でそれらをしっかり守らせること。この文章を無視できるような薄情な人間はそもそもティシュなんか使わないため(大体シャツで拭く)、泣き落としは読んでもらいさえすれば確実に注意喚起できる有効な手段と言える。


②あえて高圧的に

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・ティシュは水に溶けにくいんだから、トイレに流したらどうなるか分かるよな?トイレが詰まったらお前が困るんだぜ?分かってんだったら、トイレに流すなんてくだらねぇことはやめちまえ。
・ティシュが燃えやすいことくらいちょっと考えれば分かるよな?火の近くに置いて火事を起こしたら、お前もお前の大事な家族も命を落とすことになるかもしれないんだぜ?後悔したくないんだったら、黙って俺の言うことを聞いておけ。
・あ、お前、今「ティシュの箱のミシン目なんて大したことないじゃん」って思っただろ?バカなこと言ってんじゃねぇ。親からもらった大事な身体を傷付けないためには、心配しすぎるくらいがちょうどいいんだよ。
・ゴミはちゃんと分別しろ。
・お前がティシュを使うのは、大体なにかの汚れを拭く時だよな?その時、ティシュからイヤなにおいがしたらテンション下がるよな?だったらティシュは常に綺麗な場所に保管しておくべきだ。いちいち言わせんな。

メッセージの内容が真面目であれば、高圧的な口調は逆に人の心に響くもの。小中学校の頃を思い出してほしい。なんだかんだ生徒から人気があったのは、これくらい熱いハートを持った先生だったハズだ。親身になっていることが伝われば、口が悪いことはむしろ真剣さの表れと捉えられたりもするのだ。ちなみに、さっきからゴミの分別に関するくだりが明らかに素っ気ないのは、それ以外に伝えるべき情報がないからである。


③なんかヤベー感じを出して

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・闇への濁流。消えよ、消えてナ
クナレ。水神様の仰せのママニ。
・葬送と燃ゆる亡骸。辺りを焼き尽
くす。炎は遠巻きに見よ。
・儚き境い目はその身を血に染める。
・マジメに、ゴミは、ブンベツすべし。
・猛烈なる充満からの忌避。
霊域に彼らを安眠させよ。

もはや意味が分からなすぎて、逆に読み手の興味をそそること請け合い(書いた本人も意味が分からない)。なお、この不可解な文章を縦読みすると「ヤクソクハマモレ」になる。誰もいない部屋で一人でこのメッセージに気付いた人は、注意書きの内容が理解できなくとも、あまりの恐怖にティシュを雑に扱うことが出来なくなるだろう。


④色恋ざたを絡めながら

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・トイレにティシュを流してはいけないことくらい分かっていた。でもダメだった。我慢できなかった。俺は苦しそうにティシュを飲み込むトイレを見つめながら、背徳感がもたらした神秘的な興奮の余韻を噛み締めていた。その晩、どうしてもあの快楽が忘れられなかった俺は、再び同じ過ちを繰り返した。案の定、トイレは壊れた。妻の加奈子に理由を問い詰められたから、下手な嘘はかえって逆効果だと思い、俺は正直に事実を伝えた。後日、加奈子から愛想を尽かされて離婚届を突き付けられたことは言うまでもない。

・妻と別れて4年。俺は友人の紹介で知り合った真希と同棲している。俺は真希のこと、そして、真希が作る手料理が大好きだ。今日の晩ご飯はシチューだろうか。リビングに優しい香りが漂ってくる。早くシチューを食べたい、いや、その前に真希を食べたいーー本能の赴くままに立ち上がった俺は、真希の肩を後ろから強く抱き締めた。そして、静かに肩紐をズラしてエプロンを脱がせた。
「や、やめてよ…」
頬を赤らめて照れる真希。その横顔を見て俺はさらに欲情した。あぁ…もう我慢できない…早く俺のシチューを真希に…(以下、自粛)。
「やめてってば…こんなところで…」
「大丈夫。ほら、ティシュなら持ってきたから」
俺が鼻息を荒げながらそう言った瞬間、さっきまでしおらしかった真希の表情が一変した。
「おい、ちょっと待て。ティシュを火の近くに持ってきたら危ねぇだろうが。火が燃え移って火事になったらどうすんだよこのサル野郎」
後日、真希から愛想を尽かされて別れを切り出されたことは言うまでもない。

・加奈子も真希も失った俺は、憂さ晴らしにSMクラブに通うことにした。マニアックなプレイに対する興味よりも、未知の世界に足を踏み入れることで自分を変えられるかもしれないという期待の方が強かった。店内に足を踏み入れるや否や、椿と名乗る女王様がやって来て俺の耳元でこう囁いた。
「さて、どっから痛めつけてやろうかね」
女王様は近くにあったティシュの箱を手に取り、ミシン目の部分を俺の股間に擦り付けてきた。ギコギコ、ギコギコ。店内に初めて聞くタイプの地味な摩擦音が鳴り響く。
「椿さん、普通に痛いんですが」
思わず素の声が出た。股間を負傷してテンションが下がった俺は、女王様に睨みつけられながら店を後にした。帰り道、俺はもう二度とSMクラブには行かない、そして、もう二度とティシュの箱のミシン目には触れないと誓った。

・俺は今まで何をしていたんだろう。幸か不幸か、SMクラブのおかげでようやく目が覚めた。今日から俺はまともな人間として生きていく。もう決められたルールを破るようなことはしない。もう他人に迷惑をかけるようなこともしない。その一歩目として、まずはゴミをしっかり分別しようと思う。

・まともな人間として生きていくと決意してから5年。俺は職場で知り合った沙耶香と3年の交際を経て再婚した。特に大きなトラブルもなく、絵に描いたような幸せな結婚生活を送っていた。そんなある日、ベッドに横になって本を読んでいたら、隣でスマホをいじっていた紗耶香が普段とは違う真面目なトーンで話しかけてきた。
「ねぇ…そろそろ子供作らない?」
俺は少し驚いた後、沙耶香の目を見つめながらにっこり微笑んだ。嬉しかった。その言葉を待っていた。俺も早く子供がほしいとは思っていたが、その決断は実際に大変な思いをすることになる沙耶香に委ねようと決めていたからだ。
「うん。俺もそろそろ欲しいと思ってたんだ」
その夜、俺は沙耶香と久々に肌を重ね合わせた。思えばこれまで、子供を作るためのセックスなんて一度も経験したことがなかった。過去の俺は自分本位で、身勝手で、相手のことなんて常に二の次だった。そうか。お互いのためのセックスはこんなにも幸せなものだったのか。沙耶香と出会えて、本当によかったーー。
事を終え、俺は沙耶香にティシュを差し出した。
「…ん?何これ?なんか臭いんだけど」
「あぁ、ごめんごめん。昨日、腐った生魚を処理するためにこのティシュを使ったから、そのにおいが染み付いちゃってさ」
後日、沙耶香から愛想を尽かされて離婚届けを突き付けられたことは言うまでもない。


長さも内容も何もかもが注意書きの範疇を超えまくっている件はさて置き、ティシュによる失敗を重ねてきた「俺」の波瀾万丈な人生を見てティシュとの向き合い方を改めて考えさせられた人も多いことだろう。ちなみに、加奈子・真希・椿のみならず、沙耶香までも失った「俺」は、しがないサラリーマンからティシュライターに転身した。自分と同じ失敗をして人生を棒に振る人を少しでも減らすため、注意書きの執筆作業にはより力を入れて取り組んでいるらしい。



ーーそんなワケで、今回はティシュの注意書きを勝手にグレードアップさせてみた。もちろん、誰からも読まれていないであろう文章はティシュの注意書きに限らない。この世のすべての文章には書き手がいて、そこにはそれぞれの想いが強く込められている。当コラムが、そういった背景を少しでも意識してもらえるきっかけになれば幸いである。


最後に。物書きという職業に片足(先っぽだけ)を突っ込んでいる者として一言言いたい。こんな長文を最後まで読んでくれてありがとう。ではまた。


文:松真ユウ
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