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続・桃太郎(完結編)~松真の誓い~

■前回までのあらすじ■
桃太郎の続きが読みたいという妄執に捕らわれた松真は己の中のシナリオライターを覚醒させる。しかしシナリオライターによる見切り発車と隠れていた暴力性により、ハッピーに終わっていた桃太郎の物語は暴走。おじいさんもおばあさんも桃太郎もおっかないキャラへと変貌してしまう。シナリオライターが紡ぐ物語上では、桃太郎家から最後の財宝が強奪され、現場に残されたキジのものと思わしき羽根を手掛かりに、桃太郎がその目に復讐の炎を燃やしながら再び旅立つことに。道中、豚と牛を冷たくあしらった桃太郎は人々の悲鳴を聞きつけ――!? とまで書いたところで松真は我に返る。

こんにちは。内なるシナリオライターに説教してきた松真ユウです。自分が言い出したこととはいえ、なかなかヤバいコトになってしまった続・桃太郎ですが、とにもかくにも完結させねばならないので書きます。シナリオライターくんとの打ち合わせは上手くいったとは思えませんが、彼も反省していると信じて任せてみます。

ちなみに前編はコチラ↓


というワケで、【続・桃太郎(完結編)】です。
心を広く持って読んで下さい。


---続・桃太郎(完結編)---


桃太郎はすぐさま悲鳴のする方へ走った。

人々の悲鳴を聞くやいなや、すぐさま体が動き出したのは純粋な正義感からだろうか。桃太郎は自問した。いや、暴れたいだけかもしれぬ。俺にはそういうところがある。奥底に眠る凶暴性をどこかで発露したい……それをもって人々に賞賛されたい……そんな厭らしい気持ちこそが行動原理なのだ――桃太郎は走りながら、己の感情を読み取っていた。

だが、それでも構わない。

結果として人々が助かればよいのだ。俺の胸の内など、問題ではない。

桃太郎は今から目にするであろう惨状と、そこで遠慮なく暴力に身を任せる快感を想像して凶悪な笑みを浮かべた。お腰につけたキビ団子は邪魔だったので捨てた。

第1村人を発見した。

うずくまりながら、呻き声をあげている。
「うぅ…痛いです…あまりにも痛いです…」

痛くなさそうだな。桃太郎は思った。本当に痛い人は「あまりにも痛いです」とか呻かない。黙って見つめていると、村人はさらに呻く。

「鬼が急に来て……私のこめかみを……」

村人のこめかみはどうでもよかったが、鬼が来たという言葉に桃太郎は驚愕した。桃太郎にとってそれは想定外の答えだった。

桃太郎は、一年前の鬼ヶ島の鬼ども掃討作戦を思い返していた。

あの時、俺たちは鬼たちの大半を無力化した。鬼どもは完全に戦意を無くしていた……そして、「もうしません」と反省の弁も述べていた。だからこそ俺はキジの「潰すなら中途半端はダメですぜ」という言葉を無視して、とどめを刺さなかったのだ。

鬼は救いようがないから鬼なのだ。

怒りのせいで桃太郎の眉間には深い皺が刻まれていた。
村人はなおも喋っている。
「どなたか存じませんが、ごめんなさい…大事なことを言い忘れていました…ぼく…昔っから忘れっぽくて…母ちゃんにもよく怒られたなぁ…あんたの頭はからっぽだって…もうちょっとしっかりしなさいって…まぁとにかく…今から大事なことをお話しますので…心して聞いてください…」

異常なまでに前置きが長い。桃太郎は鬼を倒す前にこの村人をぶん殴りたい衝動に駆られていた。よく見たら顔も嫌いなタイプの顔だった。
「いいですか、それでは聞いてください…」
「早く言え」
「オニ…ドーブ…イッシ…アバッ」
村人は絶命した。大事なことは何一つ伝わらなかった。死の間際まで構ってほしいがゆえに謎っぽい言葉を吐いてみた――そんな意図が透けてみえた。桃太郎は
「絶対わざとだろ」
と一言だけ呟き、その場を離れようとした。

その時だった。桃太郎は背後に何者かの気配を感じた。
「失せろ。俺はいま苛立っているんだ」
桃太郎が振り返ることなく威嚇すると、背後のそいつは不安気にこう言った。
「その声は…桃太郎さん…?」
聞き覚えのある声に桃太郎がゆっくり振り返ると、そこには傷だらけのイヌがいた。
「お前…ココで何をしている」
「ハハハ…やっぱり桃太郎さんだ。桃太郎さんなら絶対助けに来てくれると思ったんだ」

犬は、今ここで起きていることを適切に説明した。

鬼たちはサルとキジと一緒に村を襲っている。
ことの発端はイヌとサルとキジが持ち帰った宝物である。
取り分で揉めに揉めた。言っちゃいけない類いの悪口とかも言った。
互いに疑心暗鬼になったサルとキジは鬼たちを私兵として雇い、今や狼藉の限りを尽くしている。ちなみにイヌも散財して文無しになり、今はこの村で番犬のバイトをしている。

全てを聞いた桃太郎は、「言っちゃいけない悪口って何? 知りたぁい」と思いつつ、バイトの時給も気になった。だが、どっちの疑問も今聞くことではない、とかろうじて口にはしなかった。

「イヌ……手紙もらったのに…悪かったな」

桃太郎はそう言うや否や、猛烈に駆け出した。

キジはキジ鍋にして、サルには本格的に芸を仕込んでやる。くくく……。芸は芸でも、リアクション芸だがな!!!

流れる視界に松明を持った、頭に角がある人影が見えた。
鬼どもだ。
雄たけびを上げながら暴れ狂う鬼たち。奴らは一際大きな屋敷に向かって歩を進めていた。桃太郎は鬼の集団と遭遇しないよう別の道に駆け込み、奴らの目的地である大きな屋敷の裏口へと回った。

そこはこの村の長の家であった。村長とその家族たちが震えていた。桃太郎は村長に声をかけた。

「おい、鬼がこの家に来るぞ」
「ひぇぇお許し下せぇ」
「いや許すっていうか、鬼が来るから逃げるなり戦うなり…」
「後生ですからぁお許し下せぇ」

話にならなかった。恐怖で錯乱状態に陥っているようだ。戦場では臆病風に吹かれた者から死んでいく。コイツは長くないな…と桃太郎は思った。

「お金持ちの村長さんはどこだぁ〜?」
鬼の声とともに扉が蹴破られた。
鬼の背後には、不敵な笑みを浮かべたサルとキジも見える。

キジが邪悪な笑顔で叫ぶ。
「いい家だなーこりゃあ!! お宝の匂いがプンプンするぜぇ!!」
サルの言葉にキジも続く。
「げしし、さっさと宝を出しな! さもないと…」

サルが固まった。屋敷の中に立っている男の姿に目が釘付けになり、全身が硬直した。

「よぉ、サル。キジ。随分と下卑た生き物になっちまったようだなぁ」
「も…桃太郎…!!」

言うまでもなく、桃太郎はガン切れしていた。人間が桃から生まれるだけでもそこそこ怖いのに、それがキレるとこんなに怖いか、ってぐらいに恐ろしい表情をしていた。瞳孔はバキバキに開き、口元には狂気を孕んだ笑みが浮かんでいた。

まず、桃太郎の右ボディーが先頭にいた鬼に突き刺さった。その拳は的確に腎臓を抉り、鬼は苦悶の表情で崩れ落ちる――即座に手頃な高さになった鬼の顎に膝蹴りが綺麗に入った。鬼の脳は揺さぶられ、そのまま失神した。

「あぁ、この繋ぎは微妙だったな……腎臓打ちの地獄の苦しみから、むしろ解放しちまったよ」

桃太郎は倒れた鬼を見下ろしながら言った。激情の中にあってなお、相手が最大限に苦しむことを考えうる冷徹さ――。サルとキジはもはや恐慌状態であった。

「ここっ…降参しやす!! 桃太郎さん!! 降参しやすっ!!」
キジは絶叫した。
「………」
サルは気絶していた。

戦闘に終止符が打たれた。後続の鬼たちに桃太郎がいることが伝わった結果、1年前の鬼ヶ島襲撃時に負った全員のPTSDが蘇り、鬼たちの戦意は枯れ果てた。

縄で縛られたキジとサルは、屋敷に差し込む朝日で目を覚ました。捕らえられ、村人たちから罵声をかけられているうちに眠りに落ちていたようだった。眩しさに目を細めながら周囲を見渡すと、正面に桃太郎が胡坐をかいてコチラを凝視していた。

サルはまた気絶した。

桃太郎が口を開く。
「よぉ、キジ。起きたか。どうだ、落ち着いたか?」
キジは桃太郎の柔和な態度に不穏なものを感じていた。
「桃太郎さん…すみません、俺たち…ちょっとどうかしていて…」
フッと桃太郎は笑った。
「サルはまた気絶しちまったみたいだけど、もうソイツはいいや……できれば意識のある状態で……“キジが昔、俺にくれたアドバイス”に従おうと思ったんだけどな」
キジの背筋に冷たくなった。
「『潰すなら中途半端はダメですぜ』……だったっけ? そうかもな。こうやって縄で縛ってこらしめてお終い…ってんじゃ中途半端だわな」
そう言いながら、桃太郎は立ち上がり、転がっていた鬼の金棒を手にした。
「中途半端じゃない潰し方ってよ、俺みたいに頭の悪い奴には1コしか思い浮かばねーんだわ」
キジは目をつぶり、観念した。

その時だった。

「殺すことはありません。罪を償わせるべきです」
声の主は村長だった。
「鬼とキジとサルがしたことは許されることではありません。が、しかし、何もここで桃太郎さんが手を汚すことはない。彼らには村の復興と繁栄に尽力してもらい、それをもって償いとさせましょう」

昨晩の様子とえらい違うじゃないか。村長ってこんな奴だったんだ…と桃太郎は思いつつ、己の中で急速に憎しみが消え、虚しさだけが膨らんでいることに気が付いた。

「あっそ。じゃあ任すわ」

そう一言だけ言い残し、桃太郎は屋敷を出た。

桃太郎にはもはや、強奪された宝石も、サルやキジや鬼たちへの復讐も、おじいさんやおばあさんに対する想いも、全てが過去のものだった。

人生は物語じゃない。世に知られる物語のあとも人生は続く。だったら、現在、そして未来においても「めでたしめでたし」を目指せばいいだけだ。俺は暴力衝動に身を任せ、力を誇示することの快感に溺れた。そんな俺でも、安息を求めて人生の旅路を続けることはできる――。

桃太郎は歩き出した。一歩一歩、土を踏みしめるように。海へ行こう。そう考えていた。

彼の足跡と匂いを辿り、犬が桃太郎のあとを追っていく。


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………………えーと。「完」じゃないんですよねぇ。

まぁ色々申し開きをしたいところですが、一番に言わなきゃいけないのが、僕の中のシナリオライターが反骨精神の塊すぎてすみません、ってことです。ハッピーエンドにしたかったんですけど、なんかめちゃくちゃハードボイルドなバイオレンス作品になっちゃいました。ジョン・ウィックみたいな。桃太郎の続編が実質ジョン・ウィック、って意味不明すぎます。「めでたしめでたし」で終わりたかったのに、犬が桃太郎の後を追っていく――じゃないんですよ。

読んでくれた皆さんに、僕の無謀な挑戦を見届けてくれた皆さんに、僕から忠告しておきます。昔話の続きを読みたいとか考えちゃダメですし、実際に書くなんてもってのほかです。怪我します。僕ももう、向こう10年はしません。自分を見つめなおします。あと、心の中のシナリオライターはクビにします。

それでは、ありがとうございました。さようなら。次回のコラムで会いましょう。


追記:
言うまでもないですが、海に向かった桃太郎は浦島太郎と出会います。





文:松真ユウ
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