大阪ストラグル(第1部)最終話
「よっしゃ‼ 連チャンやっ‼」
「タケシ、箱にコイン移せよそろそろ」
「アホ、この店のアレ忘れたんか? ここは下皿に入りきらんくなったら交換せなアカンねんぞ。もったいないやないかっ‼」
2号機時代、大阪は7.6枚交換が主流だった。ホールによって様々なルールが存在していた。
俺は下皿でどエラい木の葉積みをつくっていた。ヒロが箱に移せと言うのも無理はない量だ。
「お前はことパチスロになると必死やな」
「当たり前やんけっ‼ 他になにが楽しいことあんねん‼ 工業も辞めるつもりやし、適当に働いて適当にパチスロ打って生きていけたらそれでええんや。金持ちになる頭はあいにく持ちあわせてないもんでな」
「お前は昔から夢がないなー。パチスロに詳しくなっても人生の役に立たへんぞ」
「アホ‼ 今こうしてお前に教えることによって、パチスロのオモロさが何倍にもなってるやろ?」
「お、おう」
ヒロは「アカンわ、コイツ…」という表情をしていたが、俺は無視した。
すると、先ほどからサクサクと連チャンしている隣のおばちゃんが声をかけてきた。
「お兄ちゃん、頼んでええかな」
「かまへんで」
そう言いながら俺はオバちゃんの台の下皿にあるコインをギシギシに積んであげた。このホールで俺は、「頼めば目押やコインを詰めてくれる兄ちゃん」として有名だった。
「なっ、ヒロ。たかがパチスロやけど人の役に立ってるやろ?」
「お前の将来が心配すぎて笑けてくるわ」
「ヒロに心配されたら終わりや…。で、お前はどないするねん」
「俺か、俺もタケシと一緒や…工業はもうエエかな。鉄筋屋やろうと思ってな」
「そういや柿本も鉄筋屋らしいやんけ。俺ずっとプータローと思ってたわ。ははは…」
「知り合いからの紹介でな。前に誘われたことあって」
「へぇー、ヒロも俺と一緒でなんも考えてない思ってたわ」
「タケシとだけは一緒にせんといてくれ」
そう苦笑しながら言った後、ヒロは急に神妙な顔になった。
「タケシ…ちょっと一つ聞いてええか…」
その時、隣のオバちゃんがさっきのお礼にとコーヒーをくれた。
「ありがとうオバちゃん、おっ、ヒロの分も」
「ありがとう。でな、タケシ…お前、ヤクザなる気なんか?」
「はーっ?」
「いや、昔から噂になってたんや。お前、身内にアッチ系の人多いからな…」
「なんやねんその噂…おーっ、左、激スベった‼」
「なぁ、タケシ…」
「よっしゃ‼ また連チャンや‼ そろそろ下皿詰めるの厳しいかな…」
「答えろって。俺は本気で心配してんねん。いつかは聞こうと思ってたことなんや。だから、お前は工業を辞めてほしないねん」
俺は打ちながら答えた。
「ヒロ、俺、昔から言うてるやろ。あんなヤクザみたいなもんに憧れる意味が分からん、って。周りの人間を悲しませることしかせんからな、オッちゃんらも。嫌いやねんアイツらが。普通の家庭に育ったお前らには分からんよ、こんなクソみたいな気持ち…」
ヒロは黙って俺の顔を見ていた。そして、「なんか悪かったな」と一言だけ呟いて煙草を取り出し火をつけた。
「ア、アカン‼ 下皿入らんっ‼ クッソー、交換かいな」
BIGを消化し終え、コインを流す。流れるコインを見るともなしに見ながら、いつの間にか周囲の連中に心配されてるんやな、俺は…とぼんやり考えていた。
コインを流し、シマに戻ろうとしたその時、角台のスーパーセブンを打っているガッシリとした男を見て思わず足が止まった。
そこにいたのは、あの男だった。
「か、か、金子やないか…なんでや」
ここしばらく、呑気にパチスロに明け暮れていたが、あの八幡での抗争が脳裏にフラッシュバックした。
慌ててヒロの元へ駆け寄り、声をひそめて伝える。
「おい、見ろあそこ、金子やぞ」
「ホ、ホンマや、金子や!なんやアイツ…」
「ちょっと俺、行ってくるわ…」
「えっ?はぁ!? タ…タケシ?」
俺はどこかで金子のことを、俺らと似てるんちゃうか、と勝手に思い込んでいた。恐ろしい男だということはわかりきっているハズだった。それでもどこか……言葉にできないが、何かがある気がしていた。
深呼吸し、筋肉で盛り上がった金子の肩越しに声をかける。
「これ、よかったら…」
俺はオバちゃんから貰ったコーヒーを金子に渡した。
「んっ?」
そう言ってコッチを振り向いた金子は、俺の顔を見て一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐにツマらなそうな口ぶりでこう言った。
「お前か…」
金子はコーヒーを受け取らず、自分の台の方へと向きなおし、また打ち始めた。
「金子、お前パチスロ好きなんか」
俺はコーヒーを金子の台の上に置き、さらに話しかけてみた。
「あ? これか。ただの息抜きや」
金子は振り向きもせずに答える。
俺は次の会話の糸口を見つけられず、金子の台を数ゲーム間ぼーっと眺めていた。
「あっ‼」
「なんや!?」
突然、俺の口から出た大声に金子も流石に驚いたようだ。不機嫌そうに俺を睨む。
「金子‼ 今スベってレモンハズれたやろ?入ったで‼」
金子は俺の言葉に対して思いっきり怪訝そうな顔をした。そして自分の台の出目と俺の顔を交互に見てから、
「なんやお前、詳しいんか?」と聞いてきた。
「まぁな」
ふんっ、と金子は鼻を鳴らした。
「ホンマけ、じゃあ押してみろや。俺、よう押せんし」
どこまでも偉そうな態度だったが、どこかしらに打ち解けたような空気も漂っていた。「やっぱりコイツは悪いヤツじゃない」という思いが俺の中で強くなっていた。
「大丈夫や。レバー叩いたら、そこのインジケーター動くやろ?REGやったら2のとこ、BIGやったら7のとこにタイミングを合わせてボタン止めれば揃うで。やってみ?」
「マジ?」
そんな簡単な方法があるのか…と半信半疑な様子の金子だったが、俺が言った通りに押す。当然7が揃う。
瞬間、さきほどまでの不機嫌顔から一気に満面の笑みになり、「おぉ~!」と嬉しそうな声をあげて俺の肩を力強く叩いた。
どんな喜びの表現やねん…と俺は噴き出しそうになったが、やはり俺の読みは間違っていなかったんや…凶暴な牧とは何かが全然違うんや、と確信した。
今日のところはココらへんで退散しておくか…そう思った俺は、コーヒーをそのまま置き土産にして、ヒロの元へ戻ろうとした。
「オイッ‼」
低いがよく通る金子の声が俺を呼び止めた。背中が一瞬でピンとなる。小さな深呼吸をつき、俺は振り向いた。
「な…何や?」
「金子さんや‼」
「へっ?」
「お前、年下やろ‼ 今度からは“さん”付けしろよ」
そう言って金子は口角を少し上げた。
「お、おう!またな、金子…さん‼」
ホールの外では蝉の大合唱が夏の日差しをさらに強めているかのようだった。
将来のことなんか何もわからへんけど、俺はまだこのままでええわ…そんな風に思っていた。
第1部 完
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