昨日の夜は…

昨日の夜は…

店に来てくれたお客さんとの出会いを書いているこの「昨日の夜は」シリーズ。

だが今日の投稿はちょっとスピンオフ。

昨日の夜、僕がお客さんとして行った他所の店での話を書く。

定休日のお約束、妻と映画に行った帰り喉が乾いたので立ち寄ったとあるお店。

最近仲良くしているこの店のマスターとのお喋りにはハズレがない。

一杯だけのつもりがついつい話が弾んでしまい様子を伺っていた妻は「先に帰るね」と店を出る。

その後も飲みながらマスターと四方山話。

マスターも僕以上に飲んでいる。

飲み始めて数時間が経ったころ3人のお客さんが入ってきた。

マスターの親友Aさん、Aさんの友人でこの店のマスターとも仲のいいBさん、その奥さんのCちゃん。

Aさんはマスターを通じて知り合ったのだが身に付けているものの趣味の良さ、柔和で繊細なお人柄に魅入られ僕も大好きになった人だ。

Bさん、Cちゃんのご夫妻もこの店で一度お会いしたことがある。

4人で輪になって和やかに話をする。

何かきっかけでそんな話になったかはわからないがマスターが話しだす。

「クマさん昨日大学に帰る娘さんを見送ったんだけどクマさんすげーのはさぁ娘に『愛してるからね』『大事に思っているよ』って言葉で伝えているんだよ。僕娘に直接そんな事言った事ない」と.…

それを受けてAさん。

「マスター、マスター(本当は名前で呼んでいるのだが便宜上ここはマスターとしておく)は娘さんと離れて暮らしてるんだから尚更一度ちゃんと言葉で伝えてあげた方がいいよ」

「うん、そうやな…大事なことかもしれんの」

実はマスターはバツイチ。

実の娘と行き来はあるもののここ数年一緒に住んではいない。

それを機に娘に対する思いを語り始めるマスター。

するとマスターの横で話を聞いていたCちゃんが目頭を押さえて話に聞き入っているではないか。

娘を思う父の気持ちは確かに感動的ではあるが涙するほどでもないんしゃない?余程感受性が豊かな子なんだろうか?

と僕は不思議に思っていたが涙のわけはその後の話でわかった。

実はBさん、Cちゃんの仲良し夫婦…
Bさんは初婚だが、Cちゃんはバツイチ。

Cちゃんは20そこそこで結婚し一児をもうけたが娘さんが3歳の時に離婚…その時向こうの両親に「裁判してでも親権は渡さない」と言われ娘の今後のことも考え泣く泣く愛娘を手放したらしいのだ。

以来6年…一度も会わせてもらえないらしい。

そうか.…それで…

さっきの涙はそういう事だったのか。

そんな境遇だから子を思うマスターの話が我がことのように染みたんだな。

それにしてもひどい話だなぁ

離婚はセンシティブな問題…片方の言い分聞いただけで赤の他人がアレコレ言うことは出来ない。

だが金輪際娘に会わせないなんていうのはあまりに酷い仕打ちだ。

もしかしたら向こうの家で娘さんは「貴方のママは貴方を捨てて出て行ったのよ」とでも言い含められているかもしれない。

せめて一度だけでも会って「今でも愛している事、忘れたことなど一度もない事」を伝える方法ないもんかな。

4人でそんな事を話していた。

と、そんな時マスターがCちゃんに向かって口を開く。

「でもね君、君とBさんは出逢いもう新しい生活をスタートさせてるわけだから過去を振り返るんじゃなく君たちが幸せになる事を考えた方がいいよ」

それを聞いたCちゃん

「私は娘のことを無かったことになんて出来ない!」

と号泣しだす。

「私は…私は…」

泣きじゃくってしまい上手くその後の言葉を繋げなくなる。

そのやり取りを聞ていた僕はカチリとスイッチが入ってしまった。

「おいおいマスター、今のはあかんぞ!君も離婚していて子供と離れて暮らしてて誰より彼女の気持ちわかるはずやろ!その君がそんな言い方はないやろ!」

するとマスター僕の方を向き鬼の形相で

「そんなの全部わかってますって!わかった上で言ってるんですよ!」

「だからぁ、伝え方!君に悪意がないのはわかるし言ってることもわからなくはない。でも今の言い方では彼女に伝わらないよ!伝え方が下手すぎる!」

店を始めて23年。

僕はお客さんを泣かせた事は一度もない。

辛かった過去の話をして泣いたお客さん、自分の心情を伝えようとして感極まって泣き出したお客さんはいても僕が口撃して泣かせた事は無いはずだ。

「僕はね、クマさんみたいに飾った言葉で話したくないんですよ!」

またカチンときて言い返す。

「僕は言葉を大事にしているんや!自分の気持ちを100%言葉で伝える事は出来ない。言葉にした時点でどうしても自分の真情とは微妙に違ってきてしまう。でもだからこそ誤解のないよう、出来るだけ僕の真意に近づけるよう自分の持っている語彙を総動員してわかってもらおうとするんだ!」

一旦火がつくとついつい熱くなってしまうのが僕の悪いところ。

そこにマスターの親友Aさんが割って入る。

「あのなマスター、クマさんが言いたいのは…」

頭に血が上っていたのでその後Aさんがなんと言ったか正確な文言は覚えていない。

(いやもしかしたら上のやり取りも正確ではないかもしれないが大体の意味は合っているはず)

柔和で冷静なAさんの取りなしでようやく熱くなっていたマスターも矛を収める。

年甲斐もなく熱くなってしまった僕も反省。

マスターの物言いを責めたが僕の方こそもっと柔らかい言い方があったはずだ。

僕は女の子の涙に滅法弱い。

女の子の涙を見て瞬間的に熱くなってしまった自分を反省。

僕はこのマスターの事が好きだ。

「この世のすべてはグレーゾーン完全な黒も無ければ、完全な白も無い。あるのは限りなく黒に近いグレーか限りなく白に近いグレーだけ」というのが信条の僕には彼のように物事をはっきり言い切る事はない。

だけどその一方、彼の断定的な物言いが持つ力強さも無い。

そしてこうも思うのだ。

誰に対しても断定的な物言いで自分の意見をストレートにぶつける彼は僕より余程人に対して真摯に向き合っているのでは無いかと…

Aさんが取り持ってくれたお陰でそれ以上ヒートアップする事はなく遺恨を残す事なく店を出る事ができた。

「これで俺の事嫌いにならないでくれよ」

「何言ってるんですか!こんなんで嫌いになんてなるわけないじゃないですか」

と店を出る時はハグをして。

妻が迎えに来てくれ店を後にする。

店を出てしばらくたってみると自分にちょっと驚く。

へぇーっ、枯れてきたと思った俺もまだあんな熱くなることあるんやな。

いろんな話をし、意見をぶつけ合い結果的にはいい夜だった。

さて

ここまで読んで違和感を覚える人がいるかもしれない。

えーっ、こんな事書いてるけど私(僕)クマさんに喰ってかかられた事あるよ!

って人。

そういう方がいたらそれは僕が君をお客さんとしてではなくすでに友達として思っている証だと思ってどうかご勘弁願いたい。

関係性が近くなればなるほど僕の思いをちゃんと伝えたくてつい熱くなり言葉がキツくなってしまうんだ。

この場を借りてお詫びする。

ゴメンナサイ