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板前パンクロッカーズ 3

全店舗が新メニューになって一週間も経たないうちにJから電話があった。

J:「すけちゃん、明日から寿司シェフな」

僕:「え?オレまだウエイターのスケジュール入ってるけど?」

J:「ニックもマイキーも辞めたから人が足りないんだよ。あいつらファッキンゲイだから仕方ナイネ。白人スグ泣クカラダメネ。とにかくダウンタウン店に明日8時に来いよ、わかったな、ユー・ダーティー・ジャップ!」

Jはマジでこういう話し方をする。僕はもう慣れた。ニックとマイキーが辞めた理由もだいたい想像つく。

翌朝、ちょっと早めに店に着くと、フロアマネージャーのテリーから

「今日からデカいコンベンションがあるから忙しくなるよ」

と言われる。いきなりかよ。

どうやら今日から1週間、店の斜め向かいにあるイベント会場で全米有数規模のアウトドアグッズの展示会があるらしい。そのため、各店舗から仕事の早い寿司シェフが集められていた。

カウンターの向こうでせっせと仕込みをする10人ほどの寿司シェフに混じって、どうみてもヤバい雰囲気のシェフが1人いた。

とりあえず歩き方がチンピラのそれで、背は僕と変わらないくらいだけど横に大きく、前後に分厚く、半袖のシェフコートから出た太い両腕から和風な刺青がのぞいている。アジア系?いや、顔を見ると白人っぽい。帽子から飛び出たカーリーヘアが完全にガイジン。

僕「J、あの人だれ?」

裏口で総料理長のTさんと打ち合わせしていたJに聞くと、

J:「ああ、あいつ日本人だよ。“ベル“っていうハーフ。HAPPY SUSHIにいたから、“こんな白人as fuckな店でロール巻いててもつまんねーだろ?“つって引き抜いたんだ。アイツの和彫チッチャイネ。オレハ、モット大ッキイノ、イレルネ」

そうか、ハーフか。どうりで体つきが違うはずだ。アメリカ人のタトゥーは全然怖くないんだけど、やっぱり日本人の刺青はコワイなぁ、とビビっていると、そのベル兄が

「あれ?日本人なの?」

と向こうから話しかけてきた。

僕:「あ、そうです。。。ウエイターしてたんすけど、昨日いきなりJから電話あって『今日から寿司やれ!』って…」

ベル兄:「え?!Jの下でやるの?!へー、そう。がんばってね 笑笑笑」

ふー、よかった。なんか気さくでノリが良さそうな人だ。顔つきも話し方も意外にやさしい。関係ないけど、日本人は日本人らしさが目に出る気がする。目に現れる表情が豊かというか。

とにかく、こうしてはじまった寿司職人修行初日。

まずは人事部の女の子が持ってきた書類にサイン。ウエイターとして雇われてから半年以上経っていたけど、ポジションも変わり、組織が新体制になったので、再雇用のような形になる。

オフィスの連中が

「おー、すけちゃんスシシェフになるんかぁ」

「ウチもついに日本人スシシェフ誕生だなー」

「楽しみにしてるわよー」

などと、声をかけてくれる。

薄手の空手着のような新品の白衣に着替えて真っ白な和帽子を被り、板場に入ると、僕を見た寿司シェフたちが一斉に

「おぉ〜!」

と騒いで大笑いした。

というのも、カウンター内には白人のシェフしかおらず、ヘッドシェフのJも白人、韓国人も中国人もベトナム人もいない。ベル兄は日本人だけど、見かけはかなり白人よりなので、一目で日本人とわかるシェフは寿司を握れない僕だけなのだ。

「おまえ初日のくせにもう10年もやってるような顔してるな笑笑!」

僕に寿司をやれと誘ったJは、そう言って大笑いしていたけれど満足げだった。「やっぱ日本人がいないと客に舐められるからなあ〜」とかブツブツ言いながらヘッドシェフのステーション(各職人が立つ場所をStationと呼ぶ)に戻って行く。

僕はカウンターの1番端っこの小さいステーションに立たされることになった。ここでアボカドの皮をむいたり、きゅうりを切ったり、ソースの補充などの雑用をする。隣に立っていた寿司歴3ヶ月のショーンが筋ばったマグロの塊が乗ったトレーを僕の目の前にドンと置いた。全部で10キロはゆうにある。

ショーン:「とりあえずテッシンやってくれる?」

『テッシン(鉄芯)』とは、『鉄火巻きの芯』のこと。マグロの骨や皮に残った身や、筋の多い部位、刺身や握りに使えない部分の身を掻き取った、いわゆるマグロの中落ちだ。

ショーンがまずやり方を見せてくれた。基本的にスプーンで身を掻き取るだけの単純作業だが、マグロのウロコや血合いが混入しないように気をつけなければならない。

アメリカは日本と違って、握り寿司よりロール寿司が主流なので、こういうグチャグチャになった身に、マヨネーズや辛いソースなどを混ぜて巻き寿司の具に使うメニューがとても多い。いわゆる“スパイシーツナ“に使われるマグロはこれ。アメリカンスシのメインとなる具材なので、忙しい店では仕込む量もハンパない。

店や地域によって差はあるが、売り上げのほとんどがロールという店は珍しくない。というよりハイエンドな店でなければ、ロールの売上が1番多いだろう。アメリカ人にとってSUSHIといえばROLL。僕がいたこの会社も、寿司の売り上げの8割以上がロールだった。

初めてのテッシン作業はなかなか大変だった。マグロのスジの入り具合など全く無視して力ずくの作業をしていたからムダに腕が疲れた。

僕が日本人っ気を出して、筋から全ての赤身が無くなるまでこすり取っていたらショーンが、「あ、すけちゃん、そこまでやらなくても大丈夫だよ笑」とオッケーを出してくれた。

(なんだ、アメリカの寿司職人ってこんなテキトーでいいんだな)

と少し拍子抜けした。まあ、いい加減だからなこの国は。

次にショーンから渡されたのは、ハマチのガンバラ。

『ガンバラ』というのは魚の腹骨。ここについた身をこそぎ取って、ネギハマ巻きや、スパイシーハマチロールなどに使う。ようはテッシンのハマチ版だ。

マグロと同じように「完璧にやってやろう」と気合を入れてスプーンでダンバラをゴリゴリやっていると、ベル兄がイカつい体を揺らしながらやってきた。なにやら僕の手元をのぞいている。

ベル兄:「おー、ハマチかぁ。キミはていねいな仕事をするねぇ」

僕:「えっ?そうっすか?ありがとうございます!」

ベル兄:「遅えっつってんだよ!」

僕:「は、はいっ…!」


自由の国アメリカでも、寿司職人への道はやはり厳しいのだ。

『板前パンクロッカーズ 4』に続く


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