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走るドラマ #1

高校時代、電車に小一時間乗って登下校していた。ほとんどの人間がスマホという箱の中にドラマを収めている車内で、車両という巨大なBOXを舞台としている人間はよく目立つ。

#1 支社の主任

坊主も走る12月、3人のサラリーマンが目の前に座った。盗み聞きの結果、
左から係長、主任、平社員とまあ、こんな感じの構成だろうと予想(ごめんね)
平社員は2022年が終わろうとしていることを大いに嘆いている。
「おれ、また一つ歳とるんすね~、もう若くないっすよ。」
こいつ正月に歳をとるのか。もしや…平安貴族?!古典単語帳に毒されていた女子高生の、ツッコミともいえぬささやかな反応は彼らに届くはずもなく、さっきから床にへばりついている蛾の横にぬるりと落ち着いた。
主任が係長のほうを向きながら、
「もう若くないなんて、俺らに対する当てつけですよね~」の一言。
そのあと、主任は本社の人間の横暴さについて、彼を挟む上司と部下の同意を求めるように説き始める。さっきまで聞いているのか寝てるのかさえよくわからなかった係長は、ふんふんとしたり顔でうなづいているようにもみえるが、真実やいかに。

なぜだかその時、私は主任の姿を見てグッときていた。悪い意味で。

単なる私の想像、彼への決めつけに過ぎない。

でも、彼の満たされない何か、痒みみたいなものを可視化してしまったような気持ちになった。

きっと、主任は優しい。表面的に。なんとか、平社員と係長の間を取り持とうとしている。係長は自分にしか興味がなくて普通にイライラするし、後輩は最近、浮足立っている。クリスマスのイルミネーションか。
でも、後輩の意見を先輩に伝達し、二人の意思疎通を図るのが俺の仕事なんだ。凍てつくのは12月の空気だけにしろよ☆みたいな気持ちで場を和ませようと必死こいてる。たぶん。

そしてきっと彼はまあまあ人望がある。いや、なんか〈都合の〉いい人という立場にいる。それは仲間の悪口は言わないけれど、なんとなくみんなが思っている大きな権力に対する不満をボソボソと口にするから。それは、最近の政治家に対して。不景気に対して。本社に対して。大きなスケープゴートをつくりだして、全員がオオカミになるきっかけをくれるのだ。

でも、休日の係長主催BBQには呼ばれない。
平社員は呼ばれてるのに←New!!!

日常の一コマに家に帰って、洗面台の鏡に映る鈍った色の自分の目を見て、ギョッとするというよりフッと笑うフェーズが組み込まれている。まあ、こんなもんだよね、自分って。

何度もいうが、これは私の偏見に過ぎない。

けれど、私は…そうだ。私は彼に「私」を見てしまったのだ。

「斉藤(私)って悩みなさそうでうらやまし~」とかほざく、顧問からご贔屓にされている部長に、
「私って何にも考えてないからさ~人生楽しそうっしょ?」
と返答し、とりあえずおだてる。

同級生としか話す気がないらしい後輩に、
「ミーティングで意見言うの緊張するよね…無理しなくてもいいよ~」
とか嘘みたいな優しさ(弱腰)を並べてピリつく部室に牛乳寒天くらいのボケっとした甘味を投じる。

理不尽な理由で顧問に怒られた後、
「今のありえなくない?!有言不実行の焼きそばパーマ男のくせに」
といえば、待ってましたとばかりにみんなが目を輝かせて悪口カスケード。

でも、
事実:部長と後輩たちがお茶会を開いている!!
は事後報告で知る女。

別に私だけが気を使ってるわけじゃない。誰も私に頼んでなんかない。でも、あんたたちだけで世界(高2の私には部活が小宇宙に見えていたらし)が回ってるなんて思わないでよ。私だっておいしいところちゅーちゅー吸いたいよ。あんたたちだけで仲良くならないでよ!!

時速90キロの鉄塊は走る!走る!主任の倦怠も時速90キロで走る!走る!私の寂しさも時速90キロで走る!走る!


これを人は師走と呼ぶのかもしれない。



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