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買収SPCと対象会社の合併〜順合併・逆さ合併・合併しない〜

皆さんこんにちは。前回は経理担当者の心構え的なことを書きましたが、これからは主にM&Aの中身について書いていきたいと思います。
今回はTOBの際などに利用した買収SPCと対象会社(買収先)の合併についてです。これはM&A実務に明るい方には典型論点と言え、会計・税務・法務各分野の書籍などでもそれぞれの観点から説明されているのが一般的かと思います。ここではそれらを簡潔に整理し、より実務的なテーマを加えていきます。

1. 順合併

親会社であるSPCが子会社である対象会社を吸収合併する(SPCが存続会社になる)のが順合併です。親が子を飲み込むのでオーソドックスな形となります。
ではそのように合併すればいいではないかという話ですが、実務の上で順合併が問題となるのは、対象会社が行政上の許認可を必要とする事業を行っている場合です(例えば宅地建物取引業や医薬品製造など)。基本的にそういった許認可は対象会社が消滅会社となるときには引き継ぐことはできない(例外もあり。また具体的にどのような手続が必要かも法令により異なるため、法務専門家を含めた対応が必要。)ため、合併の前後で事業の連続性が途絶えてしまうことになり、実務的には大きな問題となります(何らかの手当ができなければ現実的に順合併は取れなくなる)。

(参考)順合併の場合の会計処理イメージ(SPC単体)

次に述べる逆さ合併の場合との違いを示すため、順合併の会計処理イメージを示します。単体の会計処理である点にご留意ください。P社=SPC、S社=対象会社となります。

S社の買収金額は通常S社資本より多額となるため、差額はのれんとして計上されます。

2. 逆さ合併

子会社である対象会社が親会社であるSPCを吸収合併する(対象会社が存続会社になる)のが逆さ合併です。
このような一件不自然な合併が行われるのは上記の許認可の問題を解決する目的であるのが大半と考えられます。対象会社を残すことで許認可が断絶しないようにするということです。
一方である意味形式的ではありますが、問題点もあります。会計上、逆さ合併では対象会社の「単体」BSにのれんを計上することができません。SPCがTOBで取得した株式は合併後は自己株式となります。通常SPCは買収資金のうち多くを借入で賄うため、合併後に自己株式に相当する資本はなく、結果的に債務超過の会社となります。
合併の際にどちらを存続会社にしたとしてもリアルの経済状況は基本的に変化はないはずなので、会計上の見えかたの違い(上記及び下記の図を参照)は形式的なものに過ぎませんが、対金融機関や将来の再上場を見越した場合に障害となる可能性があります。形式的な分、逆に根深い問題と言えます。

(参考)逆さ合併の場合の会計処理イメージ(対象会社単体)

LBOローン見合いの対象会社株式(合併後は自己株式)が対象会社の資本を食いつぶしてしまう場合、債務超過となります。P社=SPC、S社=対象会社となります。

S社の買収資金の大半を借入(LBOローン)で調達する場合、債務超過となる可能性が高くなります。

3. 合併しない

対象会社が許認可を要する事業を行っている場合は順合併であれ逆さ合併であれ、上記のように何らかの問題が生じます。書籍などでは、順合併・逆さ合併それぞれのメリット・デメリットを紹介する内容が一般的かと思います。ところでそもそも合併をするのは、事業上の必要というよりもSPCに融資する金融機関側の意向という面が強いため、金融機関に不利益が無いように契約面で担保すればそもそも合併すること自体はマストではないはずです。
合併という方策を取らなければ許認可といった法的問題、債務超過といった会計的問題は回避できます。その代わりに生じるのは税務的な問題です。事業を行い収益を上げる対象会社と、借入金の利息を支払うSPCとが分かれることで、支払利息の節税効果が得られなくなってしまうのです。上場企業を買収する際に借入金及び支払利息は一般に多額になりがちなので、このデメリットの影響は大きくなります。

SPCへの事業の移管方法

これを解決するために対象会社から一部の事業をSPCに移管することが考えられます。その手法として会社分割・事業譲渡・現物配当などが考えられるところですが、移管に際して税負担を生じさせたくないインセンティブがあること、事業を移すには資産だけではなく例えば人員なども合わせて移管する必要があることなどを踏まえると、対象会社からSPCに対する吸収分割が候補となります。
ここで論点となるのは、対象会社からSPCに対する無対価の分割を税務上適格で行うことができるかどうかです。実務上SPCが事業の対価として株式を発行して対象会社に保有させるのは法的な問題があるため、分割の対価が無いかたち(無対価)で行われると考えられます。この場合税務上は分割型分割(分割会社が分割の対価を受け取って株主に分配する形の分割)として取り扱われ、SPCと対象会社との間に100%資本関係があれば適格分割となります。よってSPCに収益を生む事業を移管しながら課税を繰り延べることが可能となります。SPCはその収益の範囲内で支払利息による節税効果を得ることができます。

(補論)対象会社の株式を100%取得することによる問題

ここまではSPCがスクイーズアウトによって対象会社の株式を100%保有することを前提に議論をしてきました。しかしそれにより新たな問題が生じることが想定されます。対象会社が(上場企業等であって)グループの最終(最上位)親会社であり、かつ連結納税を適用していた場合です(2022年4月1日以降開始する事業年度からはグループ通算制度。以下同様。)。
連結納税は、グループの最終親会社をヘッド(連結親法人)として行うことが法律上強制されています。これは言い換えると、連結納税をしているヘッドの会社には100%の親会社がいてはいけないということになります。SPCがスクイーズアウトによって対象会社の100%親会社になった場合、対象会社グループが続けてきた連結納税は強制的に終了になってしまいます。これにより税務上損益通算効果が得られなくなってしまい、複数の事業を行なっていたり多数の子会社がいたりする会社ほど影響が大きくなります。
100%にさえならなければいいということであれば、(新)役員や、SPCと直接の資本関係のないペーパーカンパニー等に対象会社の名目的な株式数を保有させてSPCの保有株式割合が形式的に100%にならないようにすることは考えられます。しかし連結納税には包括的租税回避防止規定があることから、100%回避だけのために経済的・実務的な合理性が全くないストラクチャーを組んでしまった場合には税務当局より否認を受ける可能性が否定できません。近年では上場企業であれば連結納税を適用していることは珍しくなく、その大半は2022年4月1日以降グループ通算制度にそのまま移行すると考えられます。このようなケースで買収を行う際には、買収方式を含む新体制のストラクチャー検討時点から税務専門家を巻き込んで慎重な検討を行うことが必要となります。

記事の中では会計・税務・法務に関する記載をしていますが、これらは一般的なケースについて触れているものです。具体的な案件に関与される場合には必ず各分野の専門家に確認のうえご自身の判断で行ってください。

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