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テジャング

ここは、古都にある一軒のBAR。
武士が歩いていた時代に作られた人工の川にかかる小さな橋を渡り、細い路地に面した目立たない建物の階段を上がったところ、名刺大の表札の横にある頭を下げないと入れないような小さな扉を開けると、そこにカウンターだけの隠れ家的なBARがひっそりと明かりを灯しているのである。


店内は、マスターと客が一人、
客の名は、畑といって常連客といってよいのかはわからないが、
マスターにとって決して迷惑な客ではなかった。
ただ一つ、困ったリクエストをすること以外には・・・


「マスター、何か面白い話ない?」
畑は、酒よりも話題を求めることが多いのだか、
マスターは、寡黙なバーテンであり、話題を求められるのは何より困ってしまうのである。

「ねえ、ミワちゃん最近来ないの?
何か面白い話していなかった?」

ミワというのは、このバーに通う若い女性で、
一人酒を飲みながら、ぼーと妄想に更けながらまったりとした時間を過していくのである。
彼女の話を聞いたことがある畑にとって、その話題は理解困難な話ではあるが、語るミワに対し少なからず好意を抱くようになっていた。

「さあ・・・ミワちゃん、しばらく間空いてましたが、昨日ひょっこり来られましたよ。」

「で、何か話しなかったの?
彼女、何飲んでたの?」

「そういえば、珍しくミワちゃん、にごり酒が飲みたいといって、
ここはBARだから無理かな?と聞かれたのですが、
さいわい頂き物のにごり酒があったので、一杯差し上げたのです。
それがこれです。」

マスターが冷蔵庫から出してきてカウンターに置いたのは、
『冬将軍』 という新潟の地酒だった。

「それが、ミワちゃん妙に喜んで、こんな話を聞かせてくださいました。


酒の神様というと、一つに奈良の大神神社の祭神、大物主神というのがいます。

この大物主神は、通常出雲の大国主命の別名であるとか、大国主命の和魂だとか言われています。

ミワちゃんは、主のつく神様は、名前ではなく役職や官職のようなもので、今で言う「長」の意味に似ていると思うとおっしゃっていました。
例えば、大国主命は、首長。
だけど、イメージ的には国王より族長のほうが近いように思うと。
それぞれの国主(クズ)が連邦国のような繋がりを持ち、その議長的な存在が大国主だったのではないか?と

大物主は、物が物部のモノであり、物部氏は軍事氏族といわれ、モノノフ(武士)のモノなので、軍隊長、大将軍なのではないか? と

事代主は、託宣神なので、託宣を受ける巫女の主であり、祭祀長なのだと思うということでした。

なので、大物主命は大将軍の肩書きを持つ神だということです。
また、大物主は、役職なので兼任することもあります。
大国主と大物主を兼任することは、国王が軍事力の指揮官を兼ねるという意味です。
大国主命と大物主神が同神であるとか、和魂だというのは兼任している場合があるからではないか。という事です。

少彦名命亡き後、大国主命の国造りを手伝うために三輪山に祀った大物主というのは、軍事力により国を治めたという意味ではないか・・・と思うとおっしゃっていました。

モノノフは、武士と書きますが、
日本書紀には、沢山の八十梟帥(ヤソタケル)が神武天皇の軍に抵抗しています。
ヤソタケルというのは、八十=沢山の、タケル=武士(勇者、猛者、戦士)ではないか?と言っていました。

そしてそのタケルの長、即ち主(ぬし)が、大物主なのではないか・・・
武は、モノ、タケと読みますから、
武と物は、同義語か元は同じではないか・・・とおっしゃってました。

また、ミワちゃんは、タケには太陽の意味があると考えておられるようで、
タケルとは、太陽の気が留まるという意味で「太気留」だと申されてました。
タケは、伊勢の太陽信仰が見られる朝熊山がタケさんと呼ばれることや、伊勢のゲータ祭 が太陽に見立てたアワと呼ばれる輪を沈め、後に高く上げるのは、古い太陽を沈め新しい太陽(日の出)の誕生を祝う祭りであり、ゲータとタケの関わりからも想像できると。

だから、大物主神は、太陽のように輝きながら海を渡って現れ、
神武天皇は、太陽を背にし、一度負けたナガスネヒコに再戦したのだと。

古代人にとって太陽とは何者にも負けない最強のパワーだと感じたのだと思います。
ゆえにその太陽の気(パワー)を持つ、或いは、太陽のように勇ましい人をタケルと呼んだのだと思うとおっしゃっていました。

で、もし大物主が大将軍なら、ちょっと今までの神のイメージと違ってくるのだと、にごり酒を飲みながらニヤニヤしていましたよ。」


マスターは、時折、記憶を辿りながら、
それでも昨夜のことだからか、わりと鮮明に話を思い出しながら、
畑にミワから聞いた話をかいつまんで話した。

「へー、さすがミワちゃん。
相変わらず、僕にはチンプンカンプンだけど、面白そうなことを言っているんだな。」

畑は、話に興味があるのか、ミワに興味があるのかわからないようなリアクションをしながら、

「それより、その冬将軍、一杯もらって良いですか?」

と面白い話は、どこかに忘れ目の前のにごり酒に視線を戻した。

               おわり

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