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昂元庵日記ランダム 6

2013年01月26日

布袋尊のメッセージ

布袋さんが気になり、ずっと考えていましたが、
よく解りませんでした。
布袋さんだらけの藤森神社とその後の京都でした。
これは、何かあるかな・・・と思いつつも、何も繋がりませんでした。

布袋さんのシンボルは、和合そして忍耐、又は予知といったところのようです。
それから布袋さんは、弥勒菩薩の化身だと考えられているようです。
他には三宝荒神の眷属だというのもあります。
ミロクがらみかと考えましたが、もう一つ腑に落ちません。


わからないので、しばらく放っておきましたが、
ある時、七福神は曜日に対応していそうな気がしました。

日曜日は、恵比寿
月曜日は、大黒
火曜日は、毘沙門天
水曜日は、布袋
木曜日は、福禄寿
金曜日は、弁財天
土曜日は、寿老人

あくまで、僕の感覚ですが・・・


そうこうしながら、加太の淡島神社へお参りしました。
そこにも七福神が沢山、おられました。

布袋のメッセージ1

だけど、そんな中布袋さんだけが、別個に纏めて祀られていたのです。

布袋のメッセージ2

そして、その祠の横には、八百万の神を祀った祠が祀られています。
しかし、その中には・・・・

布袋のメッセージ3

おびただしい数の性信仰のシンボルでした。
(失礼ながら撮影させてもらいました、アメブロではアップしませんでしたが、ここは閲覧者も少ないし身近な人が多いので大切なことだと思い謹んで画像をアップしておいます。)
これほどの数と形は、見たこともありませんでした。
そして、この時、布袋さんのメッセージは『和合』であると確信しました。

以前より和合は、メッセージとして度々出てきておりましたが、
今、またなぜに?これは、まだわかりません。
ただ、そこに忍耐が付いてきているかもしれません。


それから、ここに僕は淡島信仰を見たような気がします。

昨年末より生田巡礼の友達が、毎日興味深い情報を沢山集めてくれています。
その中で、ハスの話の中で、
タントラの中心的マントラ「オーム・マニ・パドメー・フーン」は、「ハス(女性)の中の宝石(男性)」の意である。と、
この「ハス(女性)の中の宝石(男性)」が、淡島神社を参拝しての僕の淡島様のイメージとぴったりだったのです。

淡島神社の元は、神島にありました。
淡島信仰とは、弁天さんと同じく、島信仰だと思います。
以前、味酒の記事にもこの信仰に関しては触れております。
ここには、水曜日の名の由来である水星神ことマーキュリーとの関係が見てとれると思います。
マーキュリーは、ヘルメスと呼ばれ、医学の神、錬金術の神です。
これは、少彦名神と重なります。
淡島神社の御祭神が少彦名神なのも意味があったわけです。


イザナギ、イザナミの子神でありながら数に入れられなかった、
エビス、アワシマとは、日神・水神の和合の神だったような気がします。

どちらも海人族の神だったと思います。
しかし、天孫族に協力しながらもその信仰を認められなかった彼らは、
それぞれの神を三等分にし、
住吉神と宗像神に変えられたのではないかと思います。

イザナギ、イザナミは、天照大御神を含め、この世の万物を生み出した神々です。
だから、エビス、アワシマも彼らの子でありながらも不具の子とされたのでしょう。


和合といえば、この太極図を思い出していました。

布袋のメッセージ4

これは、「陰陽勾玉巴」またの名を「寿の字巴」と呼ぶそうです。実は、この寿とは、僕の名前でもあります。


そんなことで、今回の和合の記事を書こうと思っていた矢先、
今朝、買物に出かけたのですが、道中、どこからか風で飛んできたのか、
一本の枝が落ちていました。
ふと、目をそれに落すと、
5、6枚の葉の中に、一つだけ変わった形の葉っぱが付いていました。
「勾玉だな・・・」と思いつつも最初はスルーしたのですが、
戻ってその葉っぱを持ち帰りました。

布袋のメッセージ5
放射能の心配のある中では、これはもしかすると喜ばしいことではないのかもしれませんが、
和合の話を考えていた時なので、シンクロだと捉えておくことにしました。


もう一つ、海神豊玉彦神の子孫に椎根津彦ことウズヒコがいます。
勾玉の葉っぱは、渦を表してもいそうです。
このウズヒコは、神武東征のおりの協力者であり、
ウズヒコの祖神とする倭氏は初めて倭国造に命じられております。
倭の国において、いかにその役割が大きいかがわかるかと思います。
ちょうど、この倭氏についても最近調べていたところでした。


布袋さんのメッセージとは、和合もしくは、海神の意味があると受け取りました。

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