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鳳虹庵日記 50

2012年05月05日

都市と人

GW、久しぶりの快晴となった5日。
ちょっと前の朝にインスピレーションが来て京都散策に出かけました。
当初は、このGWは南都(奈良)を集中的に巡礼する予定でした。
以前、誰かのブログで北都(京都)と南都(奈良)は、平安京遷都後も繋がっていると書いているのを目にして、僕もそれを意識し始めました。

今までも、鴨、賀茂を通じて奈良から京都への流れは意識して巡礼していたのですが、それがはっきりとしました。
それで、今年もGWは奈良へ・・・と考えていたのですが、気が付けば、京都ばかりのGWでした。

さて、その京都・・・というか平安京のことなんですが、
もう2年くらい前になるでしょうか、
ある方とその作りが人間の体を模しているという話をしておりまして、
これは、メキシコのテオティワカンや、教会の中の構造とも一致しており、
入り口から、真っ直ぐに伸びた通路の突き当りにピラミッドや祭壇があり、
心臓の部分にもピラミッドや懺悔室があるということです。

平安京は、羅城門から朱雀大通りが内裏まで真っ直ぐに伸びています。
朱雀大通りが、背骨にあたり大極殿が頭になります。
そして、中央というか心臓部はというと、
その方は、隼神社だと言います。
ただし、その時に調べた結果、隼神社はもう少し西の朱雀院にあったということです。
これは、朱雀大通りの西、右京の方になりますので、
人間の心臓が左にあるのとは反対になります。
で、話合った結果、天の人を鏡像として地に写したために心臓は逆になっているということでした。
すなわち、天にあるものは地にある。という思想です。
天と地を対応させたわけです。

また、その地に作った都という人型は、京の地形という人型の中に作られていると僕は考えています。
二重になっているわけです。
都という人工の人型の外に、自然の人型が存在しており、
それは、頭が船岡山で、心臓部は神泉苑だと考えています。

5月5日に僕はまず都という人型の中を歩きました。
羅城門から入り、朱雀大通りを大極殿まで歩きました。
その模様は後ほど、七色堂ブログにアップいたします。

都が人なら、そこを移動する僕達人間は、体内を流れる血液みたいなものかもしれません。
ある意味、人間は気の固まったものと言えるかもしれません。
良い気や悪い気、様々ですが、それらは血液が運ぶ栄養素や様々な働きかもしれません。
それらの気が健康的に動いてこそ、都市も発展するのかもしれないと思いました。

朱雀大通りは、今の千本通りと言われますが、この通りは八条から七条あたりでJRの線路に遮られています。
少し西に行くと線路の下を通って北へ移動できるのですが、
これが車は一台通れるだけで、その横の歩道も気をつけないとすれ違うのも難しい細い道でした。
僕は、この道が案外重要な気がして、
すれ違う人には、自分が止まって道を譲りました。
そうすると何台かの自転車とすれ違ったのですが、学生さんらしい人もみんな会釈してすれ違いました。
そこになにか、良い気が交わされた感じをその度に受けました。

人が発する良い気は、都市に浸透し、良い影響を及ぼすと思います。
人は、陽気と陰気を発しますが、
巡礼とは、陽気を持って都市や地域の聖地と呼ばれる、ツボを刺激する役目もあると思います。
その結果、都市や聖地の気も巡礼者に反射するのでは・・・と思います。

都市や社会を病ますのは、血液である人間次第だと思います。
我々が、陽気を持って生活することにより社会も発展すると思います。
そして、本来は、その気をうまく循環できる都市計画が大切なのだと思います。
平安京とは、そんな思想で作られた都ではないのでしょうか。

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