【落語(5)】 『SWEET MEMORIES(後編)』
根多の前編は↑にある通りですが、読むのが面倒だよー(5000文字近くある)という人のために、圓朝師匠風にあらすじを言いますと。。
白鳳ってのはまあ探偵で、それがバーに居て寡黙なマスターと飲んでいる。そこに陽キャの裕太・同僚探偵がやってくる。で、ふたりはスーツを着ていてとにかくかっこいい、と。なんか怪しいさやかっていう女の話をしていると、白鳳の検察官時代の昔話が始まって、貧乏・不遇、欲情はさておき空腹なさやかと、若い熱血な白鳳が、傷つけ合うような甘いっつーよりは苦い出逢いをし、離ればなれになり、やがて再開したっていう、まあ細けえことはどうでもいいから松田聖子のSWEET MEMORIES聴きながらそれっぽい雰囲気味わってー、って今ココ。
白鳳「・・だけど、向こうが俺のことを覚えているかどうかは判らなかった。名乗る気もなかった。
夕暮れ時だったよ。夏の暑い日で彼女は施設の前に一人、荷物も持たずに、ただ扇子で物音も立てず自分を扇いでいる。俺と目が合うと、その扇子を閉じた。じいーっと鳴いていた蝉の声が一斉に止み、晴れていたのに急に暗くなってきた。彼女は獣が獲物を見るように、施設を見つめていた。俺は声をかけようと思った。だが、何て?今度は、ただ傷つけないことだけに必死だった。議論だけは避けようと思った」
(回想シーン)
白鳳「あの・・・」
さやか「・・・」
白鳳「もしかしてこの『あかね園』の関係者ですか」
さやか「・・・」
白鳳「・・・」
さやか「世の中にはね、ふたつのタイプがいる。騙すやつと騙されるやつ。奪うやつと奪われるやつだ」
白鳳「君は・・・」
さやか「だけどそいつはひっくり返せるのさ。あたしは見届けに来たんだ。ここの連中が右往左往するのを」
白鳳「・・・」
さやか「それってハッピーエンドだろ?あたしにとっての。あいつらにとってのバッドエンド」
白鳳「(言いかけた言葉を飲み込み)・・・たしかに・・・」
さやか「あたしは小さい頃、絵本なんて読んでもらったこともないの。テレビも見なかった。映画なんてもちろん見たことない。少女漫画も読みたかった。どれもみんな知らない。もう食べ物になんか飢えちゃいないんだよ。最後に主人公が幸せになる話にだけ飢えているの。それを現実世界で見られるんだよ」
白鳳「・・そういう意味では、たしかにここの人たちはこれから捕まるだろう」
さやか「そうね。あんた、正義の味方だもんね」
白鳳「そんなもんでは・・ないかもしれない」(一度上を向く。それだけで雷を表現。伝わらなければそれでよしとする)
さやか「あたしに話を作りなよ」
白鳳「え?・・(額を手でぬぐう。それだけで雨を表現)とりあえずこんなところではなんだし・・・」
さやか「ハッピーエンドな話を作るんだよ」
白鳳「ハッピーエンドな話・・」
さやか「そのためには、こいつらを不幸にしなよ」
白鳳「私は、ここの職員を不幸にするのが目的じゃない。ただここの子供たちのためと・・いや・・君はどこでなにを・・」
さやか「面白い話を、聴けるようになったよ。声だけだけど、仕事で毎日聴ける。今じゃ楽しい話は友達よりも知っている。耳は肥えているよ。つまらないお伽話じゃ、あたしは喜ばせられないよ。(手ぬぐいで白鳳の顔をぬぐったあと、それを半分に折って渡す)」
白鳳「これって・・」
さやかは手ぬぐいの手を離していない。白鳳も掴んだままである。ようやくさやかが手を離す。
さやか「新しい話を聴かせな。じゃあな」
(バーのシーンに戻る)
白鳳「少女がくれたのは手ぬぐいだった。そこから俺は推理した。扇子と手ぬぐい。毎日話を聴ける。ということは、落語を聴いているんじゃないかとね。実際寄席に行ってみると、ホールの音声が入り口のところで聞こえるんだな。それで彼女は、寄席で受付でもしているんだろうとアタリをつけた。それからだ。俺が落語を聴くようになったのは」
裕太「ええーっ!白鳳さんの落語好きって、そっから始まっていたってことぉ?その女に会うために」
白鳳「彼女を探してってわけじゃないよ。それじゃあなんかストーカーみたいだろう。そうじゃなくて、俺なりに彼女の頼みに応えてみようと思ったんだよ。いや、頼まれなくてもかな。児童の施設の事件に、学校の不正も扱い、特殊詐欺の元締めの逮捕までした。法務省内でやれることはやったと思ったね。ただ、俺には落とし噺は演れない。だからこの街で探偵をやることで、本物のハッピーエンドを作ることにしたのさ。最後に奪った者が幸せになる、っていう話以外の物語を」
裕太「いやお前、なんか思い込み激しすぎるよ。気にしすぎ。いや、もし傷つけたって思ったんなら、謝ればいいだけだろうよ。『あんときゃごめんね』ってなもんで」
白鳳「口だけで謝るのも無責任なような気がしてな。「許してくれ」なんて言う気にもならなかったよ。べつに許されなくていいし、罪悪感を背負いすぎるのも独りよがりだ」
裕太「(客席に)こいつねえ、スカしたことぬかしてますが、ぜひ『独りよがり』って言葉、ググってくださいよ」
白鳳「お前、どこに向かって話してんだ」
裕太「いや、なんでもない。だけどお堅い仕事だったのにやめるってのはどうかねえ」
白鳳「そうか?辞表を出して表を歩いたときの爽快感ったらなかったぞ。もう上司より高いスーツを着るのをがまんしなくていい、って思うとな」
裕太「女に振り回されっぱなしだろうよ。しかも2回しか会ったことのない女に」
白鳳「幸せってのは振り回されることだと思っていたけれど、違ったっけ」
裕太「かっこいいこと言っているつもりだろうけど、超マゾだね」
白鳳「じゃあそれでいい」
裕太「そうかい。そうかい。それで、その2回しか会ったことのない女に・・ああああああ!もしかして3回目があったあ?」
白鳳「裕太にしては勘がいいな。お前のことは待っちゃいなかった、と言ったろう。俺もここに着いたばかりでそんなに待っていない、って意味だったのさ」
裕太「今日かよ。さっき?え、あ?あのさやかぁ?」
白鳳「もうこれ以上語るには飲みすぎたよ」
裕太「いやいやいや。さっきは語るには飲み足りないって言っていたばかりじゃねえか。話せよ」
白鳳「(長く息を吐く)」
バーの近くで出会った白鳳とさやか(かみしもは先の回想シーンと逆にすることに注意)。冬なので二人ともコートを着ていて、さやかのほうは時々それを寒そうに閉じる。
さやか「ああ、よかったあ。伊勢丹前の交差点にいましたよね。このチケットを」
白鳳「これくらいなら、サポートさせてもらおうかな(硬貨を渡す)」
さやか「はぁ?どういう・・・」
白鳳「君はチケットの転売を装った詐欺をこれからしようとしていた。今なら未遂だがね。
君が俺を見かけたのは伊勢丹の交差点の前じゃない。紀伊国屋書店で俺がCDを選んでいるときだ。そこから俺の動きを先読みして三丁目までやってきた。おそらく、お金が必要になってチケットを手放さなければならない、ネットで売買の約束をしてそこの交差点で買い手と落ち合うことになっていたが相手が現れなかった、今日これが売れないと困ってしまう、ってな筋書きで奇遇にも俺が好きなアーティストのチケットを持っているふりをして紙切れを買い取らせようとしているんだろう。よく考えられているな。だから楽しませてもらったぶんの料金さ」
さやか「はぁ?それが500円だあ?『鼠穴』じゃあるまいし」
白鳳「ワンコインあれば深夜寄席にだっていけるぞ」
さやか「・・・」(見つめる)
白鳳「・・・」(見つめる)
さやか「顔が近いんだよっ!」
白鳳「なんだ、キスでもされると思ったか?(笑)傷を広げるようなことに俺は興味はない」
さやか「てめえ・・」
白鳳「(急に真剣に)君は幸せなのか」
さやか「ばかにすんなよ。そんなこと人に聞かれる筋合いはないね。あたしは今、高額チケットの払い戻しができなくて困っているだけ。子供がいて治療費が必要なんだよ。関係者じゃなくて金が出せないってんなら、とっとと失せな」
白鳳「待て。子供が病気なのか」
さやか「そうだよ。せっぱつまってんだよ。んじゃなきゃこんなことやりゃあしねえよ。お前がなにか・・」
白鳳「(お札を何枚も重ねたものを、半分に折って渡す)」
さやか「え・・」
さやか、札を掴む。白鳳は札から手を離していない。さやかも掴んだままである。ようやくさやかがそれをひったくり、去る。白鳳が目だけで追い、背を向ける。
(バーのシーンに戻る)
裕太「なんじゃそりゃあー!(泣く)」
白鳳「おいおい、でかい声出すなよ。人がいい思いで飲んでいるのに、全部台無しだな」
裕太「それ、追いかけなくていいのかよ」
白鳳「合わせる顔なんかないさ」
裕太「お前はもう許されているって」
白鳳「許されるかどうかなんてどうでもいいのさ。あの人の前で誇れるようになりたい、って思いつづけることで成長できるならそれでいいじゃないか。この街でたくさんハッピーエンドを作れるようになったら、少しは胸を張ってご挨拶にでも行くよ」
裕太「そんなん待てねーよー。あ、そうだこれだけは言っておかなくちゃならねえ」
白鳳「なんだ」
裕太「あの、さやか、病気の子がいるっていうのは嘘だぞ。そもそも子供なんかいやしねえから」
白鳳「・・・よかった。病気の子はいないんだ」
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Ver.1.0 2020/6/25
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