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「この中に作者がいます!」



『死にたがりの君に贈る物語』は、フー・ダニットのミステリーである。でも、殺人はない。自殺は関係あっても。

犯人が誰かが謎なのではなく、ベストセラー小説の作者が誰かが謎の物語なのだ。


覆面作家。人を欺くのが好きな吟遊としては憧れる。本作では、読み手と書き手の息もつかせぬかけひきが、それも人の命のかかったかけひきが展開されるが、だからといってサスペンスものではないというこの新しさ。


私の場合、死のうとする人に触れる機会が多い。この星に疲れる人が、多くなったような気がする。死にたがるという生き方は確実に存在する。それぞれの理由で「死にたがる」のだ。生きることはとても危険がいっぱいで、面倒で、見合うものが少なくって、割に合わないもので。

そういう人には、死にたがらない人には決して入り込ませないような聖域、結界がある。その片鱗を、覗くときーー

なぜ死のうとするのか?どんな苦しみがあるのか?などといった問いを立てることは陳腐すぎて不遜かもしれない。それでもその人はとりあえず生きていて、じゃあどうしてどうやって生きているのか、ってことのほうがずっと大事なような気がする。


生き死にの話にまでしなくても、働くこと、人と触れることも同様だ。強く摩擦が起こるまでに顔を付き合わせて珍騒動が起こってそれを笑い飛ばすなんていう落語や漫画は、遠い過去の物語かもしれない。


笑い飛ばせなかったら、後はどうしろと言うのだろう。ドラッグと馬鹿騒ぎの文化に馴染む元気さえない者は。

それなのに生きてしまっている。死ぬ人もあるけれど、まあまあの人は、なんか生きてしまっている。


ごくわずかに生きる理由が見つかることがあって、そのためにとりあえず死を先送りにする。たとえば毎日noteを書くことも、理由なんかうまく言えないけれど、生きる理由になっているかもしれない。誰かになにかを伝えることが、生きる理由になっているかもしれない。


絶望的な孤独を埋めるために、他人に自分を理解してもらうなどというあり得ぬことに一縷の望みを抱いて。


こんな感想文を読んでいただいて、ありがとうございます。


#読書の秋2021

#死にたがりの君に贈る物語

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