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厄災の日の話

基本的に私はズボラである。
ありがたくも『ちゃんとしてそう。綺麗好きそう。整理整頓できてそう』
と言っていただくことの方が多い。
これは、セルフイメージを確立するためにコテコテにコーティングした私なので、家族や身近な友人たちは、ヘソで茶を沸かすくらいにちゃんちゃらおかしいと思っているに違いない。
かれこれ、『出したものを元に戻せない』病に罹患して、40年近くこの病とともに生きてきたので、それなりに重症なのだと思う。

さて、私のズボラエピソードは置いておいて、つい先日の話である。
朝から、ここ1週間ほど『そろそろ仕上げなきゃまずいよなあ』と喉の奥の小骨のように気にかかっていた資料に手を付けていた。特に難しいものではなく、とにかく手を動かせば仕上がる類の資料だ。ただ、ただ、細かい。
そんな時に限って、関係者から『そろそろ皆さんで資料の確認を・・・・』と申し訳なさそうな電話が入り、私が止めに止めていた自覚があるので、平謝りで『今日には必ず送ります!送れます!』と電話切った。AM11:00ごろの話である。
お昼もそこそこに手を動かしていると、夫が『洗濯機まわしてるから、干すのはよろしくー』と軽く言って出かけて行った。はいはい、といつもの生返事で返したものの、とにかく資料にひたすらルビを打って、アニメーションをつけるという作業に必死だった。

PM2:00、私の目と肩こりが限界値に達しそうになったころ、ふと洗濯機をほったらかしにしていることに気づいた。いかんいかんと見に行くと、『すすぎ27分』で止まっている。おかしいなと思いつつも、こういうこともあるかとスタートボタンを押し直した。この時点で、むしろ夫が帰ってきたときに洗濯物がまだ干せていない現状に言い訳ができるな、しめしめ。くらいに思っていた。洗濯機から離れて、資料の続き、、と思いながらもだいぶ気が散っている私は、インスタを覗いたりフェイスブックを覗いたり、Twitterでエゴサをしたりしていた。30分は早いもので、洗濯機の様子を見に行くと、なんと残り20分で止まっているではないか。

わりとただ事ではないことは、薄々気づきながらも、もう一度電源を切って、スタートボタンを押した。もう、ボタンを押してこいつをひとりにする気はない。ひとまず、こいつが働きだすまでは見届けねば!と洗濯槽を凝視する。
スタートボタンをおすと、ウィィィンという機械音とともに、なかの洗濯物が回った。動くじゃないか!という期待は一瞬でかき消され、そこからウィン、ウィン、プシューウウウウと2回転半で洗濯機は止まってしまう。
おい!もう少し頑張れよ!あと半回転したら3回転できるぞ!と逆上がりの練習に付き合う親みたいな気持ちで洗濯機を応援したところで、何度やっても2回転半で止まってしまうのだった。

ひとまず、原因の究明である。
この『すすぎ』で止まっているのが怪しい。まったく機械が動かないわけではないので、排水がうまくいっていないのではないかと推理する。そこで、単純に排水溝を覗いてみようとしたが、しっかりと固定されていてなかを見ることはできない。無理に引き抜いたら大惨事になることは、楽観主義に私にもわかる。万事休すかと思われたところで、ふと洗濯機の右足元に、パカリと簡単に開きそうな扉がある。はて?とよおく目を凝らしてみると何か文字が書いてあるではないか。オシャレで素敵なインテリアの景観を崩さないためのPanasonic様の心遣いであろうか、洗濯機のベージュと同化したエンボス印字された文字は非常に見にくかった。床にはいつくばって、目線をあわせ、何とか解読すると

『排水フィルター。一週間に一度程度お手入れをしてください』

え???
排水フィルター???初耳なんですけど。
え???
一週間に一度程度のお手入れ???聞いてませんけど。

今の家に引っ越して3年半。どれほどの夜を越え、平穏な1週間を重ねてきただろうか。その間、この排水フィルターは着実にゴミをため込んできたわけだ。

意を決して、扉を開く。すると、直径5センチほどの穴につまみつきの栓がはまっていた。短慮な私でも推測できる。この栓を引き抜くということは、汚水が噴き出るということだ。しかも、今はすすぎ中。「必ず脱水後に栓を抜いてください」という注意書きが危険な予感を煽っている。
注意深く穴の下に洗面器を配置し、つまみを握った。ちなみに、なぜバケツではなく洗面器かというと、穴の位置が床から20センチ程度しかなかったからだ。
栓を緩めた瞬間、消防車のホースから勢いよく水が噴き出すように、洗濯水が噴き出してきた。ジーサス。またたくまに洗面器はいっぱいになり、あふれる前にと激流よろしく噴き出す水をぶった切り、栓を突っ込んだ。案の定、床はびちょびちょ、私のスカートもべっとり濡れた。
おりしも、春分の日の前日だった。三寒四温とはこのことと、先週の春の陽気が嘘みたいな、肌寒い日のお風呂の脱衣所。冷たく、そして綺麗とはいいがたい水にぬれたスカートはすぐに脱ぎ捨てた。どうせ着替えてもまた濡れる。私は上はネルシャツにパーカー、下はレギンスに黒靴下というエガちゃんもどきの変態みたいな恰好で、何度も噴き出す洗濯水と格闘したのだ。
そして、7回か8回くらい洗面器に水を受ける、濡れる、お風呂に流すをくり返し、私のHPはゴリゴリ削られ、やっと水の吹き出しがゆるみ、ポトリポトリと最後の1滴が洗面器に落ちた。
ホッとしたのもつかの間。ここから先が本番である。この中に、水をせき止めている何かがいる。そう、3年半ため込んだ排水フィルターが!
私はゆっくりとフィルターを引き抜いた。ちょうど、警棒かオタクの人たちが使うサイリウムのような筒状のフィルターは、当たり前だが発光せず、その部分に3年半分の汚れが詰まっていた。おそらく、読者の皆様も不快なだけなので、あえて詳細な描写はしない。が、その汚れを風呂場で掻きだしていくと、飴ちゃんの袋と10円なのか100円なのかちっとも見分けがつかない真っ黒に変色した100円玉が出てきたことをここに報告しておく。(後日夫は、この件の報酬たった100円!と笑っていた)
ちなみに、水浸しになりながら洗面器に汚水を受けては捨てる作業以上に、中途半端なエガルックで風呂場にかがみこんで、潔癖な人は絶対に手で触れられないような汚れを掻きだす39歳(もう2か月で大台に乗る予定)女性の姿は大変シュールであった。

そんな努力のかいもあり、プラスティックでできたサイリウムもどきのフィルターは無事綺麗になった。もう、水が噴き出してこない穴に戻し、栓もしっかりとした。パタンと扉を閉めて、洗濯機と同化している、親切ではない注意書きを一瞥する。
さあ、勝負!洗濯機の電源を入れ直し、本日何度目かのすすぎ脱水ボタンをセットし、スタートボタンを押す。頑張れ!お前はできる子!!機械音とともに、洗濯槽を見つめる。ウィィィン、・・・・・・・・ウィンウィンウィン!
3回転以上まわったあああ!!!!!!
クララが立ったレベルの感動がそこに在った。走馬灯のように巡る、2回転半で止まる洗濯槽、見知らぬ扉との遭遇、真冬の排水処理、からの泥掃除。今、洗濯機、立ち直りました!!!!ちなみに、この時点でまだ私はエガルックのままであることを報告しておく。軽くPM5:00をまわっていた。

そして、振り返ればドロドロになった風呂場があり、リビングに戻ればちっとも出来上がってない資料が表示されたパソコンが佇んでいた。
もう、夕飯を作る気力もなくなり、夜はウーバーで中華を頼んで、やけ酒とやけ食いをした。PM8:00、神は私をあざ笑うかのように、私はお腹を壊してトイレの住人となった。

とんだ、厄災の1日であった。
・・・・・と、地震雷火事親父、人知を超えた不幸が私に降りかかったように語ってきたが、ただただ、自分を律して計画立てて資料を作り、電化製品の説明書を読んで、正しくお手入れをし、むしゃくしゃしたってやけ酒やけ食いなどはせずに、腹8分目に自分の手料理を食べておけばよかっただけの、ズボラな私のとある1日の話でした。


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