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【長編小説】 パリに暮らして

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ある目的を胸に、1ヶ月の予定でパリに滞在する〝私〟。間借りした安宿の環境はあまりにも厳しく、カフェで主に愚痴をこぼしていたところを、ある日本人男性と知り合う。彼は親切にも自分のア…
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記事一覧

「パリに暮らして」 第1話

ある目的を胸に、1ヶ月の予定でパリに滞在する〝私〟。間借りした安宿の環境はあまりにも厳し…

「パリに暮らして」 第2話 

 ――彼は自分のことを〝シュウジ〟と名乗った。木偏に冬、二番の二、と彼は言った。名字はい…

「パリに暮らして」 第3話

 私の様子を見ていた柊二さんは、やおら立ち上がった。そして、浴室のほうへ行くと、栓をひね…

「パリに暮らして」 第4話

 ――ワインの酔いは、甘い記憶を溢れさせて、凍えて固まりきった心をいっときのあいだ、和ま…

「パリに暮らして」 第5話

 ……これは、どこからの記憶だろう。  私は起きた出来事を辿っている。否、これは今、実際…

「パリに暮らして」 第6話

 ――その週は、秋のパリにしては珍しく、暖かい日が続いていた。この時期のヨーロッパの平均…

「パリに暮らして」 第7話

 ――その日の夜遅く、携帯が鳴った。柊二さんからだった。仕事が片付かなくて、明日まで帰れそうにないとのことだった。 「さっきはすまなかった。せっかく来てくれたのに、本当に悪かったと思ってるよ」  柊二さんは申し訳なさそうに言った。  私は正直、何と返答していいかわからなかった。仕事が片付かないということは、無論、オーナーであるリザも一緒だということだ。仕事もだろうけれど、きっと話がこじれているに違いない。今電話で話している柊二さんの隣に彼女がいて、あの時と同じ目で彼を睨みつけ

「パリに暮らして」 第8話

 ――ボルドーにあるそのワイナリーは、海を臨む高台にあった。大西洋からの風が吹きつける傾…

「パリに暮らして」 第9話

 ワイナリーツアーには、柊二さんと私の他に、フランス人の年配の夫婦が参加していた。夫は総…

「パリに暮らして」 第10話

 夜八時のレストランは、閑散としていた。先に来ていた何組かの家族連れやカップルは、既にそ…

「パリに暮らして」 第11話

 ――貴腐ワインの甘い酔いの匂いにむせ返りながら、私達は部屋へ戻った。さんざん飲んで、さ…

「パリに暮らして」 第12話

 部屋に辿り着くと、酔いつぶれた柊二さんをベッドに横たわらせた。柊二さんは目を閉じたまま…

「パリに暮らして」 第13話

 柊二さんが、話を聞いてくれるかい? と言ったのは、その時だった。 「君は、実に三十年ぶ…

「パリに暮らして」 第14話

 ――「流石に冷えてきたね」  柊二さんが言った。  葡萄畑の斜面を吹き上がってくる風は、今や耐えられないほど冷たくなっていた。抱き合っていてもガクガク震え始めた体をいったん離し、私達は連れ立って部屋の中へ入った。ベッド脇のサイドテーブルの上にある置き時計は、午前二時を指していた。  私達は、ショールをベッドの上にかけて、掛け布団の中に潜り込んだ。軽い、上質な羽毛布団が有り難かった。それはぴったりと重なり合った私と柊二さんの体を優しく包み込み、二人の体温を保って、芯まで冷え