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【長編小説】 初夏の追想

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30年の時を経てその〝別荘地〟に戻ってきた〝私〟は、その地でともに過ごした美しい少年との思い出を、ほろ苦い改悛にも似た思いで追想する。 少年の滞在する別荘で出会った人々との思い…
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#夫人

【長編小説】 初夏の追想 9

 ――裕人、という名前は……ゆたかで、満ち足りている。ゆるやか、のびやか、寛大で、広い心…

【長編小説】 初夏の追想 10

 犬塚家の別荘に招かれたのは、五月の中旬のことだった。  玄関のチャイムを鳴らすと、す…

【長編小説】 初夏の追想 12

 ……ここにこうしていると、私は大切な記憶や思い出が、どんどん薄れていくのを感じる。以前…

【長編小説】 初夏の追想 14 

 ――彼らとの交流が始まって、数週間が過ぎていた。そして、六月の声を聞くとすぐに梅雨が訪…

【長編小説】 初夏の追想 18

 ……古い昔の記憶の断片を掘り起こし、繋ぎ合わせてひとつの物語にするという行為は、実に頼…

【長編小説】 初夏の追想 19

 ――あまりにも突然の、あの心地良い共同生活の破綻から、しばらく私は立ち直れないでいた。…

【長編小説】 初夏の追想 23

 ――祖父の離れに戻った私を犬塚夫人が訪ねて来たのは、その一週間後のことだった。祖父は篠田の画廊に用があり、出かけていて留守だった。  私は彼女を二階のバルコニーに案内した。  その日彼女は、濃い臙脂色の袖無しのワンピースドレスを着ていた。臙脂の色は白すぎる肌に映えて、まるで赤黒い血の色のように見えた。少し痩せたようで、まだ憔悴しているように見えたが、私の顔を見ると彼女は微笑みを見せた。  彼女はラタン椅子に腰かけると、いつもそうするように、ドレスの裾を翻らせるようにして脚を

【長編小説】 初夏の追想 27

 守弥がパリへ渡った翌年の、五月の初旬のことだった。犬塚夫人はいつものように休暇を開始す…

【長編小説】 初夏の追想 28

 ――守弥はパリで絵を描くうち、あるフランス人の画家から言われたそうである。 「君の絵は…

【長編小説】 初夏の追想 29 最終回

 ――鑑定の結果が送られてきたあと、守弥は私に電話してきた。  私たちは、時を忘れて語り…