自分が大切にしている価値観を、他人との関わり方から導いてみる
自分はもうそこそこいい大人なので、「逃げようがない人間関係」というものは基本的にない。苦手な人とは縁を切ったり、距離を置いたりしているし、幸い今の家庭や職場には好きな人が多く、ストレスは少ない。
最近、人と話していて充実感を覚えることが多いので、そんな自分の心の動きに目を向けてみようと思う。
相手の感情を想像すること
私が他人と関わるときには、「相手の立場に立って、私をジャッジする私」が現れる。(以下、この人物をアガサさんと呼ぶ。)
アガサさんは相手の表情・声色・言葉をトレースして、擬似的に相手の感情を理解する。そしてアガサさんは私の一挙一動一投足を睨め回し、どんな印象を受けたかを厳しくジャッジする。
具体的にアガサさんの顔色を伺うためにしていることの一部を挙げると、「目を見て微笑む」「否定をしない」「声のトーンを合わせる」「心に寄り添う一言をかける」「発言を流さない」「笑うときは朗らかに」などなど。あなたを大事にしたい、尊重したいと思っています。というメッセージを全力で発することがアガサさんに気に入られるコツ。
あくまでアガサさんは私から生まれたものなので、完璧な客観ではないけれど、自分と似た感性の人間であれば嫌われることはない。人と基本的にこじれないので、アガサさんにいい顔をしているととても生きやすい。
が、たくさんの人と関わると、その人数分アガサさんが稼働する。つまり脳みそメモリへの負荷も大層かかるため、生きづらさもある。アガサさんがいない時間を作らないとオーバーヒートしてしまうので、一人の時間を大切にしている。
そして厳しいアガサさんに気に入られるため、自分の心に嘘をついてしまうことも多い。私の全ての感情を許してくれる、優しいアガサさんを産みたい。(たぶんこの「優しいアガサさん」が自己肯定感の鍵になるんだと思う。)
尊重し合えること
アガサさんを大切に扱っていると、自分は聞き役にまわることが多くなる。すると時々、奴隷扱いを受けることがある。たとえば話題泥棒を頻繁にされたり、日記帳のように言いたいことをぶつけられ続け、承認欲求の捌け口にされるなど。
私がアガサさんの話をきちんと聞いてあげているってことは、つまり自分も話をきちんと聞いてもらいたいってことでもある。私もなんだかんだ人間なので、会話はキャッチボールをしたい。立場は平等でありたい。
この関係が築けない相手は、折をみてみんな縁を切ってしまった。諭したり、喧嘩したりするのは嫌いなので、黙ってフェードアウトしている。
逆に、すごく私の話を聞いてくれる人に対しては、本当にきちんと話を聞いてあげなくてはと気が引き締まる。それだけその人も話を聞いてもらえない経験をしてきただろうから。
あとは年下の人(特に子供)と会話するときも慎重になる。自分が子供の頃、真面目に話を聞いてくれる大人があまりおらず、悲しい思いをしたことがあるので。同世代や年上の人と同様に尊重したいし、侮ったりしたくない。
幸福の総量が増えること
大人みたいなふりして生きているけど、心に幼女を飼ってるフェアリータイプの人間なので、やっぱり愛とか幸せとかが一番大事だと思っている節がある。
アガサさんに気分良く過ごしてもらうよう尽力することも、やっぱり相手を幸せな気分にさせたいからっていうのが大きい。
それと、最大多数の最大幸福という考え方が好きなので、自分が多少苦しみを背負ったとしても、世界の幸せの総量が増えるようなことをしたいと思っている。スーパーでは賞味期限が近いものを買うようにしたりね。(些細)
服にできるだけお金をかけるようにしているのも、この服が産まれるまでに、悲しい思いをするひとが極力少ないものがほしいと思うから。
自分が大事にしたいもの
キーワードを抽出すると、「幸福」「尊重」「平等」。
えっ、憲法?
なんだかすごく人間として当たり前な結論に落ち着いてしまった気がするけど、それをきちんと自覚するのも悪いことじゃない。(と思いたい)
でも、もちろんニヒルで攻撃的な自分だって居る。
どちらかというと何かを愛して抱きしめているときの自分のほうが好きだけれど、毒は湛えていないとつまらない。
悪い子な私をさらけ出せる「優しいアガサさんと話をする場所」をどこかに作ろうと思う。
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