見出し画像

「似合う」の深掘りをしてみる

随分前に、「なりたい」について書いたけれど「似合う」についても考えてみる。

「似合う」というと、だいたい外見の話がメインになるけれど、今回は定義を少し広くとる。

「似合う」は相応しさ。自分が生まれ持っている容姿や性格にぴったり沿うもの。

前回定義した「似合う」は上のとおり。
生まれ持ったものとは、容姿のことだけでなく、性格も含める。
なので、「性に合う」も「似合う」とカウントして考えてみる。


私は数年前に、パーソナルカラーとパーソナルデザイン診断の講座を受けた。
(今はドレープもテキストも仕舞いこんでしまっているけれど、いい経験だった。)

巷で本家と呼ばれる香咲先生のところで受けたので、パーソナルカラーは4分類、パーソナルデザインは6種類8タイプのもの。
パーソナルデザインについては、下記のサイトがとてもわかりやすかったのでよろしければ。


この診断で私のパーソナルカラーは冬で、パーソナルデザインはグレース(サブはナチュラル)だった。

パーソナルカラー冬と初めて診断されたときはすごく驚いた。
当時は(今もかな)自己診断系サイトの「ブルベ冬=モード系」のバイアスが強すぎて。
あと自己診断って人と比べることがないから、
黄色人種の私の肌は黄みがかっているし、髪の毛も日に当てれば焦げ茶色だし、当たり前に自分はイエベ秋だと思ってた。
診断後にイエベさんと見比べて初めて、自分の肌は青みがかってるってわかったし、髪の色や目の色も人よりも黒いと気付かされた。

パーソナルデザインのグレースも初めはわからなかったけれど、知れば納得がいった。
まずはベーシックなデザインのスーツが果てしなく似合う。
就活で使っていた吊りのスーツですら、信頼感のある女上司みたいな雰囲気で着こなせる。
(スーツを着て臨む面接の類は今のところ全勝しているので、グレースさんの就活無双神話に恥じない戦績では。)

そして、小さい頃からずっと「落ち着いているね」と言われてきた。
年齢より若く見られたことはたぶんない。
あまりにも年上に見られるので、話し方をゆるめにしてバランスを取っている。
ちゃんと言ったことなかったけど、そろそろ三十路なんですよね。
やっと実年齢が追いついてきたかな…という。
(連れ合いは私より少し年上なんだけど、ゴリッゴリのハイスタイルなので、二人で歩いてると大学生連れてるお姉さんみたいな絵面になる。ちょっと面白い。)

こんな感じなので、私はキャラ付けとして姐さん枠に入りがちである。
つけられるあだ名は概ね「ヤコ姉、ヤコ姉さん」って感じ。
それも手伝ってか、私、女帝の任に就いていたことがあって。
一体何を言っているんだという話だけど、大学の部活の役職で「女帝」というものがあって、
年に一度、おもちゃの王冠をつけて、飲み会の席に並んだ部員全員にステッキを振って魔法をかける(そしてみんながうわ〜っと言いながら倒れていく)という一発ネタをやるだけのおふざけ役職だったんだけどね。
任期の間は結構な頻度で女帝呼ばわりされるので面白かった。
コンセプトを女帝にしたのも、これの影響がちょっとある。

話は逸れたけど、ポップな可愛らしさよりはシックで落ち着いた雰囲気を出したほうが確実に似合う。


診断結果、メインはグレース、サブはナチュラルだったけれど、「アナタはほぼ純度100%のグレース、ナチュラル要素は肩幅だけよ」と言われた。(なんなら後日会ったときにサブを間違えられるくらい。)
しばらく試してみてわかったのは、私の場合は「直線が得意」「盛りより削ぎが得意」という部分だけ、ナチュラル要素が適用されているって感じかな。

なので、無造作や装飾過多が鬼門。
レイヤーの入った軽い髪型や、麻のざらりとした素材感、さらっと巻いたストールなどは、サブがナチュラルとはいえnot for me。
なんの対策もせずに、ふわふわ花柄ワンピを着たりすると「かわいいひと」ではなくて「かわいくしてるひと」になるし、アシンメトリーなデザインや奇抜なカッティングは「着崩れてますよ」という感じになりやすい。

私はクソ真面目なので、受診してすぐはグレースらしい服を着なきゃ、と思っていたんだけど、
イメコンのスペックって身長やスリーサイズと同じだよな?とあるとき思い至って。
サイズが合わない服を着るときにお直しやダイエットをするように、
自分のパーソナルカラー・デザインから離れたものほど、似合わせる手間暇が必要になるっていう。
「なりたい姿」「着たい(着なければならない)物」を芯に置いたうえで、
さらに自分を魅力的な姿に近づける方法を示してくれるのがイメコンだ、ってことに気づいて楽になった。

とはいえ、装飾過多や無造作が苦手というところは、性格にも合っているな、と思う。
混沌よりも、簡潔で洗練されているものを好んでいるし。
着るときに必要以上に手を煩わせたり、活動を制限するようなものは自ずとワードローブから消えていくので、必然的に似合うものが手元に残る。


マニッシュ・フェミニンの塩梅についても考えてみる。

私は女性の身体を持っているし、それに違和感はない。
一般的に女性用として誂えてある服を着ている自分の姿のほうが美しいと感じる(つまり、似合うと感じる)ので、フェミニン寄りの服を纏っている。

でもきっと、この魂が男性の身体に宿ったとしても、女性の身体になりたいとは思わない。
性差による諸々から楽になりたいと思うことはあっても、男になりたいとは思わないし、逆に男として生まれても女になりたかったとは思わないだろう。(みんなちがって、みんなつらい。よね。)
手の届かないものを渇望していられるほど、私は強くないし、暇じゃないし。

私の女性性は、与えられた肉体だからこそ宿ったもので、そこに必然性や運命のような、特別な意味は感じない。
なので、私にとってフェミニンという要素はさして重要ではない。逆に、マニッシュも別にいらなくて、できるだけニュートラルを目指していきたい。
完全にニュートラルになるには、あまりにも自分は女性なので、フェミニンに寄ってしまうけれど、その中でもできるだけニュートラルに近いものを選ぶ。

生きていく中で、私にとっては心の平穏が最重要事項なので、戦わずに平和を手に入れたいと常々思っている。
私が平等や中立の立場を大事にしているのは、それが正しいから、とかそういう性分だから、というだけではなくて、効率的に心の安全を確保できるから、という側面もある。

戦わずに心の平穏を確保することをファッションの力で達成するには、畏怖を与えるのがいいな、と最近思っていて、神様が人里に降りてきたときに着てる服ってどんなだろうってことを妄想している。


雑多になったけれど、キーワードの洗い出し。
・落ち着き
・洗練
・ニュートラル
・畏怖


性に合う、も入れると「なりたい」も混在してくる気がするなぁ。
というか「なりたい」を「似合う」に寄せてしまってるんじゃないかと不安になってきた。
これはまた少し考えてみる。

残りは「好き」の深掘りですね。
これも楽しくのんびり考えてみよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?