見出し画像

「兼業小説家志望」(仮題) 7コラボ小説

前回のお話


兼業小説家志望7

吉井は目の前の水を一気に飲み干した。
「本当なんですか?」
吉井は耳の中が痺れるような感覚を覚えた。今聞いたばかりのことを脳が納得してくれない。
「ご存知なかったですか。あなたはてっきりご存知かと思っていました」
亀井のいかにも変装めいた無精髭がリアリティを持って目の前にチラつく。
「あいつ、亀井は」
「ヤバい状況であることは間違いないですね。あなたもですよ、吉井さん。もしかしたら向こうが睨んでいる順位は亀井さんと変わらないかもしれない」
「ま、まさかそんな。え、恵理子は?」
「もっとマズいでしょう。渡邊から何か受け取ったということはなかったでしょうか」
「そんなことは何も、何も聞いていません」
「会社の野球大会があったそうですね。その時の写真があるんですがね。上司の渡邊が撮ったものです。でもその中に一枚、渡邊自身が写っているものがあります。これをいつもらったのか、誰にもらったのか。それが問題です」
「そんなことはどうでもいいんですよ。私たちはどうすれば・・・」
「誰かと一緒にいてください。1人だと簡単に殺されますが2人だと厄介だ。これは空き巣が家に入るのと同じでしてね、2ロックの家をわざわざ狙わない」
「誰かと。恵理子と一緒でもいいのか?」
「いいですよ。まさか心中を仕組む訳にはいかないでしょうから」
「当たり前です。私たちには何の障害もない」
「そうしてください。恵理子さんとお話させてもらっても?」
「いいですよ。呼びましょうか?」
 
吉井はスマホを少し弄って、隣の席に放り投げた。全く信じられない。寝耳に水の話ばかりだった。そんな思いが吉井の中に渦巻いた。
「恵理子さんがいらっしゃったら、席を外していただけますか」
「ど、どうして」
「あなたの前では言いにくいこともあるかもしれないからです」
「そ、そんなこと・・・ああいいよ。俺はこの件については何も聞きたくない。何も知りたくない」
「そのお気持ちはわかります。ただ渦中にあることだけは理解しておいてください」
「ええ?俺が殺されたりしたら、どうしてくれる。俺が何をした?え?流れ弾に当たって死ぬのなんかご免だからな」
早川は冷ややかに吉井に目を落とした。
「お気持ちは十分過ぎるほどわかります。これは偶然の事故みたいなものですから」
「偶然でも俺に当たってくるな。俺がどれだけ、どれだけ・・・」
 
LINEの着信音にスマホを手にした吉井は少し弄って、また椅子に投げた。
「会えそうですか?」
「ここに来ますよ。すぐに。来たら席を代わります」
吉井は鼻息荒くそう言ったが、顔色は優れなかった。
 
 
 
夏野恵理子は憤慨した様子で目の前の冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、それを引っ込めた。
「今日はお時間をいただきまして」
「ご用事は何ですか?」
「先日の野球観戦の折、私の上司の渡邊から何か預かってらっしゃいませんか?」
「渡邊さんから?」
恵理子の僅かな動揺を早川は見逃さなかった。
「それをこちらにお渡し願いたいのです」
「それはいいですけど、どうして本人が来ないの?」
「ああ、ご存知ない、ですか。渡邊は亡くなりました」
「え?どうして?」
「警察によると自殺だそうです」
「そんなバカなことあるはずないじゃない。自殺だなんて」
「私もそう思います。でも遺書らしきものも見つかっています」
「どんな?」
「生きるのが辛いとか。すべてが嫌になったとかそんなことが」
「そんなことで死ぬ?そんなんだったら、世の中半分はもう死んでるわ」
「ははは。そんな遺書に触れたことはありませんか?」
「知りません。あの人・・・渡邊さんは簡単に人生を終わらせる人じゃありません」
「どういう・・・」
「渡邊さんは立ちんぼの女の子を買っては話を聞いてあげてたのよ」
「・・・そんなことを」
「ほんのちょっとだって触れようともしないのよ。まったく」
「それであなたも」
 
恵理子は軽く頷いて目を伏せた。
「私は高校の時から。それしか手段がなかったの。それで高校を卒業できたし大学にも行けた」
「就職して辞めたんですか?」
「辞められないのよ、そう簡単には。でももう辞めてた。半年」
「そうですか。それについてはもう忘れます。お渡し願えますか?」
 
恵理子は姿勢を正すと、お腹から袋を取り出した。
「コピーだそうだけど。原本がどこかにあるはずです」
「原本はないんです。少なくとも渡邊さんの周辺には。心当たりはありますか?」
「私のような子が山ほどいると思うから、その中のひとりかもね」
「それじゃもう探しようがない。いいです。コピーさえあれば」
 
早川はそう言いながら、もう既に誰かの手で葬られていると思った。
「何の書類?」
「見てないんですか?」
「ちゃんと封がしてあったから」
「何かおっしゃっていませんでしたか。仕事のことについてでも何でもいいんですけど」
「命の火が消えそうだっておっしゃってたけど、冗談だと思ってた。そういえば渦巻ビルがどうのって」
「渦巻ビルですか。渡邊さんはそこで亡くなられたんです」
「もう何が何だかわからない。どうなってるの?」
「それを調べてるんです。他には何か思い出すことはありませんか」
「私、渡邊さんに会うのは半年ぶりだったのよ。もうそれより他にはないと思う」
「何か気づいたことがあったらいつでも電話を」
 
早川は名刺を差し出した。
「お名刺くださるんだ。渡邊さん、くれなかったから、結局何してる人かも知らなかった」
早川はついにあふれものを止めることができなくなった。
「すみません」
「いいのよ。当然よ。いい人だったもん」
「すみません。ありがとうございました。彼、呼びますか?」
「いいです。帰ります」
 
恵理子はスマホに何か入力する指を止めて、目を中空に彷徨わせた。
「彼、吉井さんのこと、どう思います?」
「吉井さんですか。ごく普通の善良な方だと思いますよ」
「そう。ありがとう」
 
恵理子は何か吹っ切れたようにスマホに文字を入力して立ち上がった。
「帰ります。あとはよろしくお願いします」
「あ、あとひとつ。亀井さんのことはご存知ですよね」
「名前くらいは」
「そうですか、すみません。お引き止めして」
 
 
 
早川は艶っぽい背中を見送って立ち上がった。
外はもう夕闇かと思わせるどんよりした空気で満ちていた。「これ以上調べてどうなる」そんな思いもこみ上げる。恵理子から渡された書類が取材ノートだとしたら、おそらく自分が知ってる以上のものは出てこないだろう。告発の証拠になるようなものはない。
亀井のアパートに向かう足は鉛色の空のように重かった。
 
 
 
喫茶店を出た吉井は再び亀井を訪ねていた。鬱憤の捌け口はそこにしか見当たらない。
「どういうことなんだ?」
「俺にもわからない。本当だ。わけがわからない」
「お前が書いた小説が原因なんだろ?」
「そうらしい。でも全くの偶然だ。わるい。おまえにまで迷惑をかけるつもりはなかった」
「とんだとばっちりだ。俺に何かあったらどうしてくれる」
「滅多なことはないよ。と思うぜ」
「思うぜってそんな弱っちいのか俺の安全は」
「だから迷惑かけてすまない。おまえが関わってないのはわかると思う。敵にもな」
「誰なんだ?敵って」
「聞かない方がいいだろ?」
「ああ、聞かないよ。いい加減にしろよ。仕事辞めたと思ったらとんだ置き土産だぜ」
「ああ、悪い。申し訳ない。故意じゃないんだ。それだけはわかってくれ」
 
 
 
傘を持ってくるべきだったな。早川は亀井のアパートを前方に見ながらどこかで見た背中を見つけて思わず身を隠した。
 
あれは編集局長。独自に調べているのか、それとも・・・疑心暗鬼は白い鳩でも黒く見せる。
 
早川は編集局長を追って、電車に乗り込むのを見届けてから再び亀井のアパートを訪れた。
 
 
 
カフェ・ラグーンの明かりがちょうど灯ったところだった。
「こんちは。ママ、いい?」
「あら、久しぶりじゃない。お客さん連れてきてくれたんだ。どうぞ」
「ママにもちょっと話を聞いてほしいんだ」
「何でも聞くよ。じゃ奥のテーブルに」
 
深く腰を下ろした亀井とは対照的に、早川は背筋を伸ばしたまま真面目な小学生のように体を強張らせた。
    つづく


sanngoさん、あとはよろしく~

さて、どんな仕上げになるのか楽しみです♫
りおさんのステキな設定を使って、会話文中心に書きました
風呂敷広げるだけ広げたので、美味しそうな所だけつまんでくださいね!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?