見出し画像

みずたまり変奏曲・青 ミモザXほこbコラボ小説 with 菊

全4話のまとめ記事です。よろしくお願いいたします<(_ _)>

前話 第二話 みずたまり変奏曲・白(ミモザさん)

みずたまり変奏曲・青


5日間雨が降らなかった。梅雨の晴れ間のことを五月晴れというんだと砂川が言っていたのを思い出した。梅雨の時期は旧暦の五月にあたるのだという。
陸哉にはそんなものは必要なかった。ただひたすら雨を待ちわびていた。クスノキのそばに水たまりができるのを心待ちにしていた。
 
ようやく降ってきた雨を顔に受けて陸哉は頬を緩めた。
いつもより早めに家を出て、水たまりのそばにしゃがみ込んだ。しかしまだ水の浅いそこは、小さな雨粒がさわさわと水面を騒ぐだけで、空さえ映してはくれなかった。

その日は朝から嫌なことばかりが続いた。ノートを忘れ、宿題を提出できなかったし、昼休み前に鼻血が出て、皆から冷やかされた。陸哉は鼻の奥の皮膚が薄いらしく、血管が切れやすかった。
それに今日の放課後は科学部の活動日。太陽の活動についての話を聞くだけだったが、おもしろかったと言えばおもしろかった。太陽の寿命は100億年、既に半分の50億年が経過しているという。といってもあと50億年、到底自分たちに影響があるとは思えないが、寿命があるという事実に驚いた。あの激しく燃える太陽は永遠にあるものだと疑わなかった。あるのが当然だと思っていた。
 
下校時に雨は上がっていた。広場の水たまりには、夏至に近い明るい青灰色の空が映るだけだった。
あれはあの時だけの偶然なのだろうか。それとも夢?そんな思いを頭から振り落とした。あれは夢なんかじゃない。そう思いながらも失意にも似たやり場のない悔しさを傘の柄に握りしめて帰宅した。
 
一旦止んだ雨は夜半から大きな音を立てて再び降り始めた。締め切った窓越しに伝わる音で陸哉は目を覚ました。窓を開けると、雨の音が冷たい空気に乗って押し寄せ、みるみる部屋はいっぱいになった。結局、外が白み始めるまで眠れなかった。
それでも翌朝はいつものように起き上がり、眠い目を擦る。空は相変わらず不機嫌そうな顔をしていたが、雨は上がっていた。
 
広場に向かう胸は何の保証もない期待で高鳴る。陸哉は薄く水に浸かっている広場の入り口で立ち止まった。やはり何もない。聳えるクスノキと青空が薄く水面を撫でている。
あれはなんだったのか。確かにセーラー服だった。あんなに鮮やかな夢なんてあるはずがない。構わず水の中に足を踏み入れた。少しずつ浸潤する足先。僅かに残された陸地をクスノキの根元に見つけて上陸した。
振り返った陸哉の目にレンガの壁が飛び込んできた。
「あった」
思わず口から漏れていた。幻でもなんでもない。あの子はいた。確かにいた。
遅刻ギリギリまで水たまりのレンガの壁を見つめた。そうしていたかった。
 
学校の下駄箱に濡れた靴下を丸め、上履きに冷えた裸足を突っ込むとなんだか新しい遊びを見つけたような気がした。
ふわふわと浮遊するような時間が過ぎていき、授業が終わると走って広場に急いだ。
水たまりはいつものような大きさになっていた。クスノキを正面に見るとクスノキしか映らないが、クスノキを背にしてみると、そこにはレンガの建物が見える。陸哉は大きく息を吐いた。
そうやって1時間は経っただろうか。水面に女の子が見えた。紺色のワンピース。
「ねえ、ちょっと・・・聞こえますか」大きく両手を振った。しかし何の反応もない。
そして手を叩くと女の子は振り向いた。
「こんにちは。えーっと、僕は陸哉って言います」
彼女も手を振った。こっちが見えている。でも言葉は届いていない。
陸哉は咄嗟に自分の手首を指さした。
彼女は頷いて、ポーチから時計を取り出して見せてくれた。やっぱり。時計は彼女の世界に落ちたんだ。
陸哉はうれしくなって、何度も手を振って、全身で話しかけた。
     つづく


最終話 みずたまり変奏曲・赤(ミモザさん)


菊さんのお宅です👇

ミモザさんのイチオシ作品👇


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?