シュレッダー 秋ピリカGP企画
シュレッダー 【1138字】
シュレッダーに吸い込まれる紙の音が心地よい。その景も。冬山を滑るように、震えながら雪の上をおりていく。
課長が俯いて、軽く眼鏡を触った。緊張の印。奥様にバレるのがそんなにイヤなら、最初から手を出さなきゃいいのに。
でも彼だけを責めるのも間違っている。それもよくわかってる。遊びだなんてことは最初からわかっていた。わかっていたはず。それなのに・・・。
愚の骨頂。どうしてそうだとわかっていても、ブレーキをかけられないんだろう。ブレーキが効かないんだろう。
もう紙屑がいっぱい。透明なプラスチック容器いっぱいに溜まった紙屑を白く透明なビニール袋に放り込む。なんという快感。
私はきっと紙に恨みがある。そんなトラウマのようなものがあるに違いない。紙を処分することにこれほどまでに快感を感じる人っているんだろうか、と思う。
課長は相変わらずむずかしい顔をしているけど、向き合ってるものがむずかしいとは限らない。あれはポーズだから。たぶんあの人はあーやって出世してきたんだなって思う。世の中なんてほとんどそんなもん。本当に実力で出世が決まってしまったら、生きにくい世界になること間違いなし。曖昧だからこそ、いいことってある。ゆらぎって大事よね。失敗がなかったら、そもそもシュレッダーなんて必要ない。
席に戻ると、机の上に課長の写真が置いてあった。すぐさま書類の下に滑り込ませた。
いったい誰?見回すと、新人君と目が合った。まさか彼?そんなタイプ?でもどうしてわかったんだろう。バレる可能性があるのは・・・どこだろう。街で偶然見かけた。それしか有り得ない。レアだけど、なくはない。でも彼はそんなタイプじゃない。きっと私服の私を認識できないわ。それにデジタル派だもんね。彼なら匿名のメールでしょ。
課長、それで・・・あのむずかしい顔?もう私に話しかけるわけにもいかないか。必要なら何か言ってくるでしょ。上司の権威をぶら下げて。
濃いブルーのネクタイに何かの織り柄。今日の課長のコーディネートは奥様の見立て?センスだけは悪くない。って他に彼女の何を知ってるの?容姿も知らないクセに何様のつもり?私は。
それにしても誰の仕業だろう。課長をチェキで撮ったのは誰?そして課長と私のことを知ってる。あれだけ慎重にやってきたのに。今暴露されたら、たいへん。私の報復だって思われるのは目に見えている。報復ね、してやりたいのは山々だけど。
百枚ほど溜まったミスの山をだいたい10枚ずつ束にして処分する。誰だろう。毎日毎日これだけのミスを繰り返す人。紙の間に紛れた課長の写真も一緒に雪山を滑っていく。
奥の席の気難しい顔が短冊に切れて、ゆっくりとオフィスのライトに溶けていった。プラスチックの容器から、僅かに喘ぎ声が聞こえた気がした。
了
ピリカGP事務局様
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