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タイタニック  #シロクマ文芸部



タイタニック   【
429字

紫陽花を手折る。
玄関に飾ろうと思うほどに、その青、青紫というべきか、それは輝いていた。

ふと手元を見ると、大量の小さな虫が蠢いていて、思わず取り落とした。
この美しさは何かの策略か。誰かの嫌がらせか。

青紫は川に落ちた。それほど川幅のない川面をゆっくりと流れてゆく。もうその姿は見えないけれども、紫陽花は虫たちの救命ボートのようなもの。

(よくも言えたものだ。そんな風にしたのは誰なんだ)

川面から毬の半分だけを出して、救命ボートは流れてゆく。虫たちはさぞかし慌てふためいていることだろう。
どれほどが紫陽花にしがみついているだろう。
どれくらいが川に飲み込まれただろう。

もはやそんなことは対岸の、川の中の火事のようなものなのだけれど。

ここに限らず私の知らないところで、私たちには見えないところで、こんな風に命の削り合いが、命をかけた競い合いが、きっと何度となく繰り返されているのだろう。

やがて紫陽花ボートは小さな滝に落ちた。
そこには生活にまみれた虹色の縞が浮かんでいた。
     了


小牧部長さま
よろしくお願いいたします


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