6月22日(月) あの日見た仇の名前

もう二度と会えない鳥の羽根を拾うこともなくただ風に攫わせ

1月10日に詠んだ歌だ。
昨年のいつ頃からだったか、我が家の外に小鳥が住んでいた。正確には住んでいると思われた。ちょうど死角となる位置に恐らく巣があった。
見えない小鳥の声を聴く朝が私達の日常になっていた。たまに飛び立つ丸っこい姿を目撃したり、卵が落ちて割れているのを見つけたりした。恐らく子育て中の一家だった。
はっきりとその姿を見たことはなくとも、なんとなく一緒に暮らしている可愛い小鳥との日々は清涼なものだった。

1月10日の朝、起きて外を見ると大量の羽根が散らばっていた。それは上からはらはらと降り続けている。
あの鳥の羽根が抜けたのだろうか。それにしては尋常でない量だ。
不思議に思いながら上の方を見ると少し大きな鳥がとまっていた。見たことのない鳥だったがここで休んでいるようだ。なるほど君の羽根だったのか。

アマチュアカメラ小僧としてはとりあえず来た鳥は撮ることになっているから一眼レフを持ってきた。大抵の鳥はカメラを持ってくる隙に飛び去ってしまうのだけれどその大きな鳥は微動だにせず同じ場所におり、明らかにカメラを見据えながらも怯える素振りを見せなかった。
ようやく気付いたがその鳥は食事中のようだ。死角になっており見えないけれどずっと何かを食べている。なるほど食事中の鳥は撮りやすいのか_____

その日を境にあの丸い小鳥の声は一切聴こえなくなった。
思い出すだけで心臓がバクバクする。
大きな鳥がこちらを見ている写真はもう恐ろしくて見返せなかった。
あの日、なんとか納得したはずだった。人間が怒りで解釈して良い事柄ではないと。人間だって同じことをしていると。

しかし私は思い出してしまった。あの朝抱いた強烈な憎しみを。
今朝起きてご飯を食べながらニュースを見ていると、調布駅前に現れた少し珍しい鳥に人々が群がる光景が映し出された。
植え込みの隅で多くのスマホに囲まれるその鳥。その黒い目。

間違いない。あいつと同じ目だ。
お前だったのか。お前らだったのか。
鬼舞辻無惨____!
ではなく「チョウゲンボウ」というハヤブサの仲間の鳥だった。
まあその調布の鳥は幼鳥で、人間にたかられて怯えているようではあったけれど間違いない、あの鳥だ。と思ったら上の方から見ている親鳥も映った。完全にあいつだ。

あの朝に時間を戻された心地で固まっていると後からやって来た母も「あの鳥だよね」と言った。写真を撮らなかった母が断言するのなら本当に間違いない。(印象は写真より正確なことがある)
憎しむ対象でないことは百も承知だけれどそれでも私の中では仇のような存在の名を今更テレビで知るのは複雑だった。私が知りたかったのはあいつじゃなくてあの子の名前だったのに。
「周りの人達が撮っているから」というだけでスマホを翳す人間達もどうかしている。お前らなあ。

一つだけ言えるのは私はあの子を、あの子の声と共に暮らした時間を絶対に忘れないということだ。
調布の幼鳥はテレビに映ることで私のその想いを濃くしてくれた。ありがとう、悲しみよ。

どうにか気を取り直して人間の巣(会社の隠語)へ向かう。
電車でマーク・ボイル『ぼくはお金を使わずに生きることにした』を読み始めた。一年間お金を使わずに生活した本物の男のレポートで、その挑戦に至るまでの経緯が記された序盤だけ読んだがとても面白い。人間がお金に使われている事態は地球にとってどれだけ異常かということがマクロな視野で洞察されており読み応えがある。
こういった本はニート時代に沢山読んだけれど彼のことは見逃していたようだ。次なるニート時代に向けて勉強させて貰いたい。

人間の巣に到着し働いた、忙しく働いた、ここ二週間ほどの暇が嘘のようにとても忙しく、サボり場(トイレ)でサボる暇もなかった。
とはいえ昼休みは俺の領域だから『電脳コイル』4話を観て雨の街を歩いた。小学校での電脳バトルの描写がカッコよすぎて小二病になりそうだった。雨は強すぎ。

午後も忙しくて訳が分からなかったが定時までの体感時間が圧縮されるのは悪いことではない。
暇バージョンと忙バージョンが繰り返されるこの場をサーフィンのように乗りこなしていきたい。

帰りの電車を待ちながらスマホを見ると、延期されていた有安杏果さんの「サクライブツアー2020」を全公演中止するとの報せがあった。
それでも渋谷公会堂でのリベンジライブを11月に行うという。
私はあの人が常に「そこまでしなくてもいい」領域までファンのため、音楽の求道のために動いていることを知っている、だから彼女の努力が報われないことにだけはなかなか、耐えられない、泣きそうだった。
杏果の歌を聴いたら少し落ち着いた。

周到なプランは そんなにうまくはいかなくて
予想外のアクシデント発生!それも楽しめばいいじゃない?
どんなことでも君との思い出になるならば
笑い話に変わるなら もう何も怖くなんてない
♪有安杏果『TRAVEL FANTASISTA』

夜はタコライスを食べながらCDTVライブ!ライブ!を観る。
出演者は結構良いのだけど音響もステージもカメラワークも、まあソーシャルディスタンス仕様なのかもしれないがそれにしても。
と思っていたら続いてのアーティストは宮野真守さんです!と来た。
こんな環境で大丈夫かなあと思いつつ見守ると彼はやってくれた。こんな環境を最大限モノにしていた。マモ、本物の男だ。

そういえば今日は朝起きた瞬間から鋭い鬱の波動があったけれどなんとか生き延びた。明日という希望が常に寄り添ってくれたのだ。

Maison book girlのベストアルバム『Fiction』発売まであと2日。フラゲ日まであと1日。

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