『ヴィンランド・サガ』と奴隷編問題

 TVアニメ『ヴィンランド・サガ』SEASON2、TOKYO MX、BS11他にて毎週月曜24:30から絶賛放送中です。もの凄い熱量と緻密さを同時に放つようなアニメが毎週ご覧になれます。あんなクオリティを続けてて、藪田監督はじめスタッフの皆さん大丈夫なのかしら? 心配しちゃうレベル。毎週楽しみにしていますし、応援しております。
 さて、僕は『ヴィンランド・サガ』の作者である幸村誠さんの初代担当編集者であり、今も現役の担当編集者です。今回は、『ヴィンランド・サガ』と幸村さんにまつわるよもやま話を、ご本人にもアニメ製作委員会にも一切許可を取らずに書いてみようかと思います。

 今アニメで描かれているパートは、連載中に僕が勝手に「奴隷編」と命名した、主人公トルフィンが奴隷身分に堕ちてケティル農場で過ごす時分の話です。『ヴィンランド・サガ』は幸村さんがデビュー作『プラネテス』を描く前から温めていた物語です。なので、もう20年以上『ヴィンランド・サガ』の打ち合わせを幸村さんとああでもないこうでもないとして、今もまだしています。「奴隷編」は連載開始前に幸村さんがここから物語を始めようかと考えていたぐらい重要なパートです。トルフィンの人生航路で最大の成長と転換点を迎える節目なのです。連載前、だったらなおのこと転換点を迎える以前の荒みきったトルフィンをしっかりと描くことが重要だと話し合い、それで今の始まり方になりました。世界史の教科書にも記述されるクヌートを登場させることができたのは大きかったと思います。また、当初週刊少年マガジンで連載を開始する際に、当時の編集長にどんな物語か訊かれて「幸村誠さんが描く『北斗の拳』です」と答えましたが、それほどひどい嘘にならなくて済んだのも良かった点です。
 物語が進み、いざ「奴隷編」が始まる際、担当編集者として結構な度胸を要しました。物語の核心とも言える最重要シーンとなることはわかっていました。それでも、主人公が戦場を離れ、剣を鍬に持ち替えるのです。人気を博した戦闘シーンは、なくなりはしませんが減ります。何より主人公が戦士から奴隷にジョブチェンジするのですから、人気が落ちて読者が離れてしまわないか心配でした。僕の心配が杞憂になったことは、本当にありがたかったです。それに、ちょうど奴隷編を連載していた頃、アニメ化のオファーを頂きました。アニメ制作会社ツインエンジンのスキンヘッドで強面の社長に「奴隷編はどうするつもりですか? 何ならトバしてくれても、幸村さんも僕も文句は言いませんけど?」とお尋ねしたところ、「僕は奴隷編をアニメにしたくてオファーをしたんです」とのお答えでした。嬉しかったですね。よけいなひと言が多くて誤解を受けまくっていた強面社長のことが大好きになりました。

 いろいろな評し方があるでしょうが、僕は『ヴィンランド・サガ』は、主人公トルフィンが3人の父親と、3人の友達と、妻と2人の子供と犬を得る物語だと思っています。3人の父親は、実の父トールズとアシェラッド、そしてレイフ・エイリクソン。3人の友達は、クヌートとエイナル、そしてヒルドです。妻はグズリーズ。子供はカルリと、2023年2月現在まだグズリーズのお腹の中。犬は、、、あれ? ちゃんとした名前つけられてましたっけ? あとで読み返して確認します。さておき、トルフィンが得たこれらの人々は最初から父でも友でもなかった人達がほとんどです。アシェラッドは父の仇だし、ヒルドはトルフィンが仇でした。遥か彼方のヴィンランドの地に戦も奴隷もない平和な国をつくることは、それは困難な事業です。そしてそれと同じぐらい、かつて殺したいと願ったり願われたりした相手を父と思い友達と思うに至ることは奇跡のような難事業です。物語の面白さの本質は、あらゆる人間にとって本当に困難な事業にいかに立ち向かうかに懸かっていると思っています。『ヴィンランド・サガ』の面白さの核は、為し難い難事業に何重にも挑む人の姿が活写されているところにあります。
 なんだか褒めすぎちゃった気がします。よし、幸村さんの悪口を書こう。

 それで思い出しましたが、2014年に『ヴィンランド・サガ』が講談社漫画賞一般部門を受賞したときのこと。帝国ホテルで授賞式が行われたのですが、その際幸村さんがヴァイキングの衣装を着て登壇したいと言い出しました。講談社漫画賞授賞式って、選考委員の先生がたはもちろん正装でいらっしゃるし、社長だって来ます。格式高いのです。そこにヴァイキング衣装というだけでも相当な根回しをして当日を迎えたのですが、あの野郎、もとい、幸村先生はそのヴァイキング衣装のマントの中に爆竹を仕込みやがって、壇上で受賞コメントをスピーチし終えたあと帝国ホテルの孔雀の間で爆竹を盛大に鳴らしやがりました。消防法違反だバカモノ! 実際帝国ホテルの方が怒ってました。講談社漫画賞受賞作品の担当編集者が授賞式で帝国ホテルの方にキレられたって僕ぐらいだと思います。でも、いくらなんでも受賞作家への事前注意として「授賞式に火薬は持ち込まないこと」って念を押したりしませんよ。その幸村さんが一昨年から講談社漫画賞の選考委員を務めておいでです。僕は毎回いつ帝国ホテルの方から「あ! あいつあの時の!」って幸村さんが言われないか、そればかりいつも心配しています。

奴隷編問題 追記

 エゴサーチをしていたら、気になるコメントがありました。
「次号、奴隷編完結。そして未だアニメ化のオファー無し。どうした日本のアニメプロデューサー!?」あれは嘘だったのか!
 といった内容。
 上記文言は、確かに僕自身が『ヴィンランド・サガ』奴隷編完結直前に作成した広告記事のキャッチコピーです。
 嘘はついてないんですよね。ということは、アニメ化オファーを頂いたのはそのあとだったかも。間違えたようです、ごめんなさい。
 こんな広告記事を作成したこと、すっかり忘れておりましたが、お陰様で思い出しました。いや、ということはですよ? あのときの広告記事の挑発が効いてアニメ化のオファーを頂いたということ!? だとしたら、ヤケクソみたいな記事を作ったあの時のオレ、グッジョブ!