遠くの空を発情期のドラゴン
0918
母校の小学校へ入学を考える親御さんへの説明会のスピーチにいく。当時の担任の先生が全く変わらずにいて、じわ〜っと安心感があった。スピーチは午前と午後二回あって、午後の方がうまく喋ることができた。自分で喋っていて、自分で元気がつくようなスピーチをした。わたしはわたしのことを置いてきぼりにして悩んでばかりいる。そういうのが癖になっていっていて、時折ふりかえるように自分のことを言葉にすると、わたしの外側にいるわたしが、何かを諭してくれているように思えたりする。
終わってから、校内をゆっくりと歩いた。一歩ごとにシーンは蘇ってくる。友達にスピッツを教わった階段、ドロケーで牢屋になっていたところ、牢屋から友達を救出するための物陰、わたしの居場所だった図書館。スピーチをしたホールのドア前で「ずっとあなたは人気者だったからね」担当だった先生からそんなふうに言われて、わたしは不思議なくらいそれを覚えていなくって、代わりに、ああ、ここはクラスメイトと喧嘩して泣かせてしまったところだ、なんて思い出していた。
0919
雨で仕事がなくなってしまって、だからというわけではないけれどホットケーキがうまく焼けた。薄々気がついていたが、成功の肝は「弱火」だった。じっくりと熱を込めていくと、段々とフライパンに溶けていた生地が、しっかりと固体になっていく。ひっくり返すと不恰好な野菜みたいに凸凹としていたけれど、それでもうまく焼けた。
家にまだナイフがないから、フォークで食べた。お腹いっぱいになって、眠ったらすぐ夜になっていて、呆気なくって少し笑った。
0920
「未来少年コナン」が面白くってみている。なんか本当に大変なことになっちゃうのだコナンの旅路は。力一杯絞っても一滴しか水の出ない果物しか持たずに砂漠を延々と歩いたり、両手両足が縛られている状態で船から落とされたり、もう散々なのである。
コナンと力比べをしていたジムシーが、とらわれているヒロインを救い出そうとする時、「コナンの友達?」と聞かれて、照れくさそうに、けれど嬉しそうな顔で「仲間だ。」と言ったところ、すごい、宮崎駿すごい。本筋には関係のない細部に宿る人間味が、惜しみなくって、丁寧で、その度に積み重なるキャラクターやシーンへの愛情。ずっと宮崎駿すき。シンプルすぎて恥ずかしいくらいに。
0921
言葉を考えるのがすきだ、なんて、言うまでもないことなんだけど、なんだかはっきりとそう思えるようになってきた。逆にいうと、それ以外のこと、段々できなくなってくるっていうか。昔からいろんなことに手を出して、全部好きだなあ、とか、わたしは器用貧乏的なタイプだからひろ〜く手を出していこ〜とか思ってたけど、年々わたしの気持ちは言葉になっている。なんだか別に死が目前に見えているわけではないけれど、人生って限られていて、わたしに何ができるだろうって、何がしたいとか、どういうふうにありたいとかを超えた、もっとなんていうのだろうな、使命とも違くって、もっとストンとした、軽い気持ちで、でも刺さって抜けない気持ちって多分、「言葉」の周辺にしかなくって、だから色々と手を出しているのをすこ〜しずつ縮小して行こうかな、なんて思っていたら仕事も手につかなかったし夜になったからすぐに寝た。枕がオーダーメイドのはずなのに、やっぱり沈み込みすぎるので、横向きになって寝たら、カーテンの隙間から夜景が瞬いていた。
0922
午後半休にして友達のいる東京のシェアハウスに行く。山梨っぽいの、って思って、葡萄とかワインとかを買っていく。お土産をたくさん買ってもシェアハウスだから大丈夫、って感じ、なんかよかった。ありすぎても困ってしまうのがお土産だけれど、気持ちとしてはたくさんたくさん、ってことが結構あるから。
夜、公園の暗闇の中で葡萄を食べた。美味しくってよかったと純粋に思った。
何を喋ったのか忘れてしまうくらいお酒を飲んだ。その後、一緒にシェアハウスに行った友達の家に泊まらせてもらって、近況報告さながら2人でガラム(たばこの種類です)を一箱開けた。「ガラム、andymoriの味がする」って友達が言った。「10年経ったらおもちゃも漫画も捨ててしまうよ Life Is Party気にしないでいいから」大学を留年していたわたしたちは毎晩のようにカラオケにいって、ガラムを吸って、歌っていた。あれらの日々は、戻りたいってわけじゃないけれど、確かにかけがえのない。
0923
録音を終えて新宿の大戸屋に行く。大戸屋久しぶりで嬉しくって、これまた久しぶりのチキン南蛮を食べてお腹が痛くなる。チキン南蛮をお腹を痛くせずに食べれる人間だったら、と思う。そしたら結構今と違っていた気がする。マッチョだった気がする。あんまり内側にこもりすぎなかったような気がする。スポーツももう少し出来て、スーツももうちょっと着こなせてた気がする。チキン南蛮は一年に一回でいい。
0924
夜中土砂災害警報で携帯が不吉な音を立てて飛び起きる。ニュースをつけるとL字で繰り返し表示される警報区域に確かにわたしのいる地域も入っていて、けれど外をみると雨はそんなに降ってなく、代わりに遠くの空を発情期のドラゴンみたいに駆け回る雷がいく筋もみえた。眠れないから「未来少年コナン」をぼうっとみる。3話くらい観たところで、続きをみたい気持ちを上回る瞼の重量になったからテレビを消した。あいも変わらず外はピカピカと興奮気味の点滅を繰り返していた。
0925
子供と喋る機会があって、「うお〜〜子供苦手〜」と思った。けれど、これは多分「わからない」という気持ちがすごくあるからで、それを取っ払ってしまえばいける、、、とか思ったけれど、でも小さい時、わかった風にして話しかけてくる大人のことが好きだったかというと、そうでもなかったし、できれば1人で昆虫を追っかけたり景色を見たり、あるいはゲームをしたり本を読んだりしていたかったから、「わからない」と同じくらい「自分だったら嫌かもしれない」という気持ちがあるなあと思った。
わたしのコミュニケーションはいつも、「自分だったらちょっと嫌」が働いて、ヘラヘラとしたり、中途半端になったりして、相手に安心感を与えづらい。けれどそれを取っ払って(自分の感覚を殺して)人と話すってそれこそはしたないしな、もうこんな自分を受け入れて行ったほうがいいんだろうな、なんて最近は思う。ある種の長所として。
日が暮れる時に甲府へ向かう高速道路に乗っていて、揺らめく街の光をぼうっと眺めていた。車内は助手席に座るわたしと運転手さんだけが起きていて、家族で旅行に行った時に父親に言った「パーキングエリアまでもう少しだね」という言葉をふと思い出した。
0926
気持ちが抜けてしまって、仕事はしていたけれどしてないみたいな日で、そういう日だってだけの話だと思うんだけど、あんまり記憶に残らないような日だった。寝る前に「ニューヨークで考え中 3」を読んだ。実家にある数百冊の本のうち、一つの本棚に入る分だけを持っていくと決めた時、選んだ本に「わたしの純なところ」が反映されているみたいで可笑しかった。純粋な面白さというよりも、あるいは好みというよりも、感情の優先順位のようなものが近い作者の本ばかりを選んでいて、近藤聡乃さんもそのひとりだった。
その気持ちは憧れ、とも言えるし、もちろん好きでもあるし、尊敬、でもあるのだけれど、ある意味では「お守り」のようなもので、そうだよね、この気持ちって大切だよね、って思い起こせるような、そんな本達だった。
世の中には優れたものや面白いものがいっぱいあるけれど、わたしはわたしでしかなくって、それをもう許してあげたい。本棚からはそんな外側のわたしの思いが漂ってきていて、「大丈夫だよ、もっとわたしを信じてほしい」と言っているようだ。
しかし、「ニューヨークで考え中」には独特の癒し効果がある。物静かなお店で中国茶を飲んでいる気分だ。
ほんと淡々とやっていこう、淡々と、淡々と。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?