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わたしもう大丈夫だから

1017
ヴァンフォーレ甲府天皇杯優勝の余韻が街や駅に漂っていた。駅には大きな垂れ幕が下がり、多くの人が見上げたり写真を撮ったりしていて、その全ての人が笑顔だったから、まだ甲府にきて2ヶ月のわたしは、ほんとよかったですねおめでとうございます…という気持ちになって。
お昼、人に連れていってもらってパエリアを食べた。焦げたお米の張り付く鍋底をスプーンでがりがりとしてお腹いっぱいになるまで食べた。自分1人でいるときは、お腹いっぱいになることも美味しいものを食べることもあんま考えてなくって、栄養的だったり手軽さだったりで選んでしまう。でもなんだか別の人間になったみたいに、人といると美味しくってお腹いっぱい頬張るように食べて「あ〜〜おいしー!」って言いたい。これってなんかもしかしてとっても自分の"らしさ"みたいなものにつながっているのかもしれない。うまく分析できないけれども。
夜のニュースもヴァンフォーレ甲府一色で、対戦前のサポーターへのインタビューが流れて、「絶対勝つ!」とか「ここまで来たらもう!」みたいにサポーターが熱狂する中で、見るからに顔のこわばった男の子が、他のサポーターと音量のまるで違う小さな声で「選手たちが頑張ってくれれば、ボクはもう大丈夫」と呟いていたのを見て、「あぁ〜」と声をもらす。子供の素直さの残酷さばかりに目がいっていたけれど、なんて切実なのだろうと身に沁みた。その子供のインタビューが最後のインタビューだった。わかってるじゃん、と偉そうに思った。

1018
めちゃくちゃやる気の起きないという同僚がいて、夕方から夜にかけてずーっと形のない会話をした。後から思い返してこの会話だけなんとな〜く覚えていた。
「昔の恋人がさ、映画好きで勧められたりして」
「うん」
「で、まあ観ようと思ったんだけどさ、あのfilmarksってあるじゃん分かる?映画とかの感想を書き込むやつ」
「はいはいはい」
「あれにさ、めっちゃ書き込んでるの」
「おうおう」
「でさ、レビューが結構な割合で辛口なのね」
「あー……それちょっっといやかも」
「だよね」
「うん。長文?」
「かなりの」
「あー…いやかもしれん」
「そうなのよね」
「そうね〜」
「そうなのよ」
気がつくと夜になってて、「帰ろっかな」とお互いに言い合い、でもタスク全然終わってないから、自然と2人でPC前に戻った。

1019
残業が結構遅くまで続いて、残っていた同僚に12時まで空いているというデニーズへ連れて行ってもらう。ラストオーダーだということとか結構仕事がいい感じに進んだこととか相まって、パフェを頼んでストーリーに載せたら友達からいいねと熱烈な「食べたい」DMが届いた。
その後、別れ際話が盛り上がって結局3時前まで話した。深夜の街を一人きり自転車で抜けながら気分でandymori聴いてて、「え、大学かよ」とマスクせずに笑った。

1020
くどうれいんさんの新しく出たエッセイ「虎のたましい人魚の涙」を読む。くどうさんの「わたしを空腹にしないほうがいい」を読んだ日に「こんなふうになぁ」と思って、書きはじめた日記が今日まで一年半くらい続いていて、一冊の本もできて、いくつかの書店に置いてもらえるようになった。だからなんていうか、いつか一番美味しい葡萄でも持ってありがとうございますって言いたい、特別なひとだ。
エッセイの最後、くどうさんが仕事を辞めるまでの話が、とっても今の自分にささって、これからのことを沸々と考えることになる。取材先の駅前にある寂れたイオンのベンチに座って、「ああ、どうしよう」とぼんやりと考える。「どうしよう」とおもいながら店内をうろうろするとゲームセンターのUFOキャッチャーの中でまるでそこがまるで天国のようにぐでーっとしてるポケモン(カイリュー)のぬいぐるみがあって、「え、可愛すぎない」と足を止めたら同い年くらいの女性も足を止めていた。「だよね、あれはちょっと可愛すぎますよね」と全力の同意をもって、2人でいくばくか幸せそうなぬいぐるみを眺めた。
取材から仕事場に戻る直前くらいまで仕事と自分のしたいことのバランスを考えたけれど、結局は「今のバランスを急激に変えるのが一番危険だよね」という結論に落ち着く。仕事場に帰ると慌ただしく時間が過ぎ、すぐに疲れ切って帰って寝てしまった。

1021
土曜日に朝から「放課後スタジオ」のMV撮影をしに東京に行くので、中継地の八王子のAPAホテルに泊まることにする。VODをみるのに1000円かかるのをケチるなら、そもそもホテルを取るなよと自分でおもいながら、ホテルだからと言ってテンションを上げることもなく、淡々と眠りにつく。駅には甲府駅と同じCELEOがついているのだけれど、スタバも入ってるわ無印も入っているわ、もう「参りました」という気持ちになって、いいな〜〜と思ったけれど、街に出てみたら、八王子、客引き多過ぎて笑っちゃった。あと駅前の悪役がやっているみたいなゲームセンターのきつすぎる明かりとかも面白かった。
APAホテルに入ると、イラストタッチで「アパ社長カレー誕生秘話」が放送されていた。いい加減泊るホテルにとりあえずAPA選ぶのをやめようと思った。

1022
「夕方ってこんなに長いんですね」と撮影してくれた友達がしみじみと言った。聖蹟桜ヶ丘駅で待ち合わせて、一日中撮影をする。決めていたスポットが割と点々としていて、最後に夜景をとることに決めていた丘にたどり着いたころにはもう夕方の予兆がはじまっていた。
そこからタイムラプスみたいに日が沈んで夜になるまで街を撮り続けた。途中で友達は丘を一人で下ってぼんやりと光っていく街を見ていた。わたしは寒いなあとか思いながらウトウトとしていた。浮遊感のある時間だった。

夜、実家に帰ると従姉妹のボーイフレンドが来ていた。彼はオーストラリアに住んでいて、わたしは拙い英語とDeep Lを使って出来ているかちょっと微妙なコミュニケーションを取った。
仕事の話になって、その後で普段の生活で何をしているかって話になったから、「マイ・ホビー・イズ....」と自分の作った本だとかMVを撮ったりしているものを見せた。
彼が帰って一人になって、布団の中で「ホビーって言ってたな」と思う。昔だったら自分のプライベートでやっていることを「趣味」と捉えるのが結構生理的に違和感があったのだけれど、純に「ホビー」と言えたことに気がついて嬉しくなる。自分の中で今の仕事が「仕事」としてちゃんとやりたいと思えるほど充実したものになっているらしい。それは山梨に行くことでようやっと訪れた感覚かも知れない。一日の大部分を費やしているものをしっかりと認めて「頑張りたい」って思えるのはそれだけで中々の幸運だと思う。勿論、ずっと続けていきたいかと言われると話は別なのだけれど、ちゃんと仕事に向き合える心持ちになれたことは、今の環境に感謝したいと思った。

1023
市民文化会館に母親の習っているダンスの発表会を見に行く。市のダンス教室が一堂に集まる発表会で、この行事にいくのもかれこれ3年目になる。
ダンスというのは例えばフラダンスとかではなくって、ララランドとかジャクソン5とかそういう軽快でビートの効いた音楽に合わせるダンスだ。彼女の出番が来る前に踊っている市民たち(多くは女性だ)それぞれに、例えば仕事があり、家庭があり、ある人はわたし位の息子を抱えたりしている。出し物はほんと文化祭の後夜祭みたいな感じで、先生と思われる明らかにキレの違う人と、おぼつかないながらも精一杯に踊っている母親くらいの女性たちがいて、その光景はひとつ「いつまでたっても変わらないもの」が垣間見える気がいつもして、面白い。
母親のチームの番になって、結構人数はいるけれど彼女特有のはりきり方で出てきた瞬間にすぐにわかって、目で追っているとなんだかずっと笑顔で踊っていて、ふいに涙が出てしまう。そこに元々涙の筋があったような感じで、絶え間なく流れ出てしまう。
しばらくたって、急にこみ上げるように「そうだ、その調子だ」と強い気持ちで思った。自分の好きなことをやって生きてくれ、もうわたし大丈夫だから、もう一人でご飯もつくれるし、お金も稼いでいるし、どうしようもない夜に一緒に朝までいてくれる友達だっているし、自分のいきたいところへ向かっていける自信だって少しずつついてきた。もうわたしのことなんかあんま気にしなくっていいから、好きなだけ好きな事ばかりやってくれ、そうだ、そんな風に。と思ったら、ますます涙があふれてしまう。少し音割れのするララランドのオープニング曲に合わせて踊るその瞬間だけは、彼女は結果的にいつも自分自身を苦しめてしまう自らの優しさから解放されているように見えた。どこかぎこちない踊りも、子供たちと段々ずれていくステップも、それでも「これは他の誰にいわれたでもない、わたしが選んだ瞬間なのだ」とはっきり示しているように見えた。
「絶対出た方がいいよ来年も」祖父母の介護と両立できないから今年だけにする、と彼女が言った時、自分でも驚くくらい強い口調でそういったことを思い出す。ああ、出て欲しいのはわたしの方だったのだな、と気がつく。そっから、まわりまわって自分の制作の事を思う。「次も楽しみ」と言ってくれる友人を大切にしたいなと心から思った。

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