【医学部志望生〜研修医向け】医者になるまでと医者のざっくりしたキャリアの話


はじめに

この記事は一般の方から医学生〜研修医向けの内容です。非医療者の友人と会話する時「医学部って卒論ないの?」「医学部卒業したら医者になれるんでしょ」「え、医者って就活あるの?」「医者ってどんな人生なの?」等々聞かれることが多かったのであまり知られていない、医者になるまでとなった後のことをまとめてみました。ちなみに私は文章を書くのが結構好きなので、これは完全に趣味として書いています。

医者になるまでの道のり

まずは日本で医者になるためのステップを書いていきます。

①まずは医学部医学科に入学する

②医学部医学科を最短6年かけて卒業する

医師になるにはまずは何より大学の医学部医学科に合格する必要があります。医学部医学科のカリキュラムは当然大学によって異なりますが、卒業まで最短で6年間かかるのは国公立大学でも私立大学でも共通です。
多くは1~2年次に一般教養や外国語の単位を取得し、2~4年次にかけて基礎医学(生化学や生理学、解剖学など)、臨床医学(各診療科の疾患・病態・治療等)を学び、5~6年次で病棟実習(実際に白衣を着て患者さんと接したり手術に入りながら学ぶ)という流れになっています。私の大学でも1年次の時はほぼ医学に関する授業はありませんでした。

日本の大学は入るのが難しく出るのは簡単、とよく言われますが医学部は出るのが簡単、とはいきません。やはりどの大学でも留年生は全く珍しくなく、10年近くかけて卒業したり、あるいは留年を重ね放校になる学生も少数ながら存在します。
それでも大半9割がた最短ないし1,2回の留年程度で卒業できるのは、医学部の中での優秀・劣等生の差はあれど基本的に医学部に来ている時点で皆非常に優秀な人達だからです。一般に医学部には卒業論文というものはなく、6年次の卒業試験の合否で卒業の可否が決まります。大学によっては国家試験の模試の成績などが卒業案件に入っている場合もあるそうです。

ちなみに少し脱線しますが、医学部は現役生ばかりではなく留年生、そして一度社会人経験をしてから再度医学部受験を志した再受験生も全然珍しくなく「同期でタメ口で話す間柄だけど年齢は10個上」とか「元々高校の先輩だけど同期として接している」みたいな状況はあまりにも普通の景色です。
③医師国家試験に合格する
大学の卒業試験に合格しめでたく卒業が決まっても、ここまではまだただの「医学部卒の人」です。医師になるには毎年2月に行われる医師国家試験に合格し医師免許を取得する必要があります。

合格率が高い=簡単ではない


大学ごとの医師国家試験合格率は毎年公表され、上位は90%後半、低くても80%以上の数字なので、よく「医師国家試験は合格率が高いから簡単、ザルな試験だ」という誤解を受けがちです。ここまで読んでくれた方にはもうおわかりだと思いますが、試験が簡単なのではなく受験する母集団のレベルが非常に高いだけです。ちなみに今年2024年の国試はX界隈を見ている限りではさらに得点率インフレ傾向が続いているようです。

国試の暗記量は莫大という言葉では足りないくらい無限に覚えることがありますし、必修という分野で80%以上取れなかったり(1問3点問題が含まれていたりします)、随所に散りばめられた禁忌肢という選択肢を3つ以上選択してしまうと他の分野の得点率によらず不合格になったりするので、十分備えていきましたがそれでもやはり本番の緊張感は相当なものでした。

ちなみに大学としても国試合格率を上げたいので明らかに学力が足りていない学生は卒業試験でふるい落とされます。要は「優秀な学生揃いの医学部の中でもさらに普通に国試に受かるだろうと思われる集団」が受験するので殆ど合格する、という理屈です。これを踏まえて大学ごとの国試合格率を見ると「国試合格率が高い大学は卒業試験が難しいand/or留年率が高い(国試に落ちそうな学生は国試受験する前にふるい落としている)」という分析ができます。

ちなみに前述の通り、医師国家試験の受験資格は医学部医学科を卒業していることが必須なので、運転免許証の一発試験のように「めちゃくちゃ医学マニアで医師もびっくりな医学知識を持っている人」が学校に通う過程をすっ飛ばしていきなり国家試験を受けることはできません。

医者になってからの道のり

③卒後2年間の初期臨床研修を行う

めでたく卒業・国試に合格すると医師免許が交付されいよいよ医師として働き始めることになります。ちなみに医師免許証はA3相当の大きさの表彰状のような形式なので、運転免許証のように携帯している人はまず居ません。(一時期Twitterで話題になった、日本医師会が発行している医師資格証はカードタイプですが厳密には医師免許証とは異なります)
高校卒業後現役で医学部合格、さらに医学部も留年せずストレートに卒業、国家試験も一発でパスして最速で医者になれる年齢は24歳です。大事なことなので言い換えると24歳未満の医者は存在しません。日本のシステム上最年少の医者は24歳0ヶ月です。(ネットで「マッチングアプリで22歳の研修医とマッチした」というネタなのかガチなのか分からない発言がたまりバズってますね)

研修医として働く病院は現在は後述のマッチングというシステムにより決定します。マッチングというのは医師の就活のようなもので、学生は実際に病院の採用試験を受け働きたい順に順位登録を行い、病院側も受験者を採用したい順に順位登録を行い、コンピュータの演算処理により誰がどの病院に就職するかが決定するシステムです。マッチング結果は一般企業の内定と異なり辞退することはできない代わりに、最大公約数的な結果になるよう最適化されています。

研修医として様々な診療科で働く


最初は研修医として2年間の初期臨床研修を行います。この期間は内科、救急、外科、麻酔科、産婦人科など国が定めた必修の診療科に加え自分の希望する診療科や興味のある診療科を選択し、各診療科で1~3ヶ月程度ずつ研修していきます。このローテートの仕方は病院ごとでかなりバリエーションが豊富です(例えばどのタイミングでどの診療科をローテートするか完全に選択して任意のローテートが組める病院もあればローテートする順番が決められていて、希望する診療科もその科の都合や病院側に決められているところなど様々です)。

この方式はスーパーローテートという現在の臨床研修システムです。医者になっていきなり外科医とか内科医として働くんじゃなくて、まずは幅広い診療科の経験を積ませてから専門の科に進みましょうというシステムです。国の目論見としては「外科なので内科は診れません」とか「自分の専門科以外は興味ないし診れません」という医者を減らし、総合的に全身を診られる医者を育成したいということがあるようです。

研修医からすると専門科を決定する前に実際に各診療科の医師として働き、その実態を見る・経験することができるので非常に良い制度だと私は思っています。しかしこの制度により各診療科ごとの忙しさや業務内容の違い、QOLの差を現場で身をもって知ることになるので外科などのきつい科を選ぶ研修医が減っているという事実もあります。
スーパーローテートに対して、この制度が始まる前は大学卒業後いきなり◯◯科という専門を決めて、その科の研修医として働くインターン制というシステムでした。医龍という漫画で主人公の伊集院先生が研修医でありながら心臓外科医として働いているのは時代設定がインターン制からスーパーローテートへの移行期だからです。

ちなみに研修医は「レジデント」と呼ばれることもあります。レジデントとはラテン語が由来の「住む」という意味の言葉だそうで「研修医は修練のため病院に住んでいるかの如く働く、もしくはそのように働け」という意味が込められているのだとか…。

⑤専門を決める 医師3年目から後期研修を開始する

2年間の初期臨床研修を終え医師3年目からはいよいよ研修医の肩書がなくなり◯◯科の先生という身分になります。正確には◯◯科の専門研修=後期研修を開始することになり、研修医2年目の秋頃から始まる「専攻医登録」を行うことで自分の専門科が決定します。ちなみに専攻医登録は最近何かと悪名高い日本専門医機構が取りまとめています。

専攻医というのは「◯◯科の専門研修=後期研修を行う身分」のことで、初期研修医に対して後期研修医と呼ばれたり、シニアレジデント、フェローなどと呼ばれることもあります。多くの後期研修は3年間なので医師3年目から6年目になるまでの期間を指します。後期研修は各診療科ごとの「専門医プログラム」に則り研修のカリキュラムが組まれていて、後期研修を修了し専門医試験を受験、合格すると専門医資格が得られて名実ともに「◯◯科の専門医」を名乗ることができます。この専門医試験の受験資格や試験内容も診療科によってかなり異なります。

日本では基本的には誰でも好きな診療科を選ぶことができますが、例えばアメリカでは成績順に選ぶシステムになっていて「訴訟リスクが低い、QOLが高い、お金を稼ぎやすい科」が人気だそうで、日本でも近年はその傾向が加速しています。
自分の専門を決めるタイミングは人によって様々で、学生時代から一貫している人もいれば研修医として働く中で色々悩みながら思いもよらない道に進む人もいますが、一番多いのは研修医2年目の夏頃です。
多くの人は各大学の医局が開催している医局説明会に参加し、入局先を決めるとともに先の専攻医登録を行いますが、医局に入らなければ後期研修が受けられないわけではありません。ちなみに「医局」という言葉は医師の人生を語る上でものすごく大事ながら医師以外にはイメージしづらいテクニカルタームなので別記事にする予定です。

医者は転勤族

一般にあまりイメージが無いと思いますが医者はかなりの転勤族です。若手ほど後述の理由でその傾向が強く、同じ病院に務めるのは長くて2,3年程度で早いと半年〜1年毎に職場が変わっていきます。私も今のところ毎年職場が変わっているので同じ病院に勤めたのは研修医時代の2年間が最長です。

何故かと言うと専門医資格を得るため幅広い症例を経験するため、というのが大きな理由です。一つの病院だけでは必要な症例が集まらなかったりそもそも診療対象でない場合があるので、その偏りを防ぐために若手を行き来させています。一般に専門医プログラムは単一の病院だけではなく、複数の病院が関連病院として協力し合っています。
各専門医プログラムに含まれる関連病院は基本的に公開されているので、どのあたりの病院で働くことになるのかは事前にある程度目処がつきます。困ったことにこの関連病院は同一県内だけでないことが殆どなので、場合によっては毎年のように県や時に地方すらまたぐような異動をすることも全く珍しくありません。

⑤後期研修を修了し専門医試験を経て専門医資格を得る

専門医プログラムは診療科ごとの内容の差が大きいので私の属する外科専門医プログラムを例にします。
医師3年目から5年目終了までの3年間の研修で一定数の手術症例経験、学会発表などの学術活動の単位、医療安全や感染対策といった一定の講習の受講を満たすことが求められます。外科専門医プログラムではやはり手術症例が一番肝要であり、どの専門の外科にするかは関係なく、例えば消化器外科50例、心臓血管外科10例、呼吸器外科10例、小児外科10例、など一律に経験すべき症例数が定められています。また分野を問わず術者として120例以上が定められているので、助手として経験するだけではなく自分の手で手術を行う経験が求められます。
加えて学会発表や学術論文の執筆による学術に関する単位の取得、医療安全や感染対策などの講習の受講が必要になります。ここは科による差が出るところで、外科専門医に必要な学術単位は学会発表のみでもクリアできますが、科によっては査読制度のある雑誌に筆頭論文(自分で書いた論文)を複数掲載していることが求められたり、経験した症例の詳細なレポートを大量に提出し審査に通らなければならないこともあります。

専門医資格の価値とは?

一般に資格というものは取得すると昇給につながることが多いようです。私の身の回りにも昇給になるという資格を片っ端から取得している友人が何人かいます。
では医者にとっての専門医資格はどうなのか。気になるところだと思いますが一般に給料は変わらないことが大半です。もちろん前述の後期研修医が終了すると身分が変わり昇給することが多いと思いますが「専門医資格があるから手当がどのくらい増える」という話は殆ど耳にしません。実際医師求人でも麻酔科標榜医や精神保健指定医という法律と厳密に関わりがある資格を除き、専門医資格不問、あるいは有無による待遇の差がないケースが殆どです。また、専門医資格は法律に規定される資格ではないため、例えば外科専門医がなければ外科手術ができない、というようなこともありません。
こういった背景があるため専門医は必要か?という議論が定期的に話題になるのですが、私は個人的には取れるなら取っておいた方が良いと思っています。収入を得る、という点では専門医資格がなくともまず問題ありませんが、専門医資格は後期研修、それ以降の学会が定めた修練を積んだという身分証明書になるので、個人的にはその証明のために取得したいと考えています。
実際に求人の場面で、ある程度の年次で何の専門医も持っていないと経歴を疑われるという話もたまに耳にします。

ちなみにややこしい話ですが専門医資格がないのに「〇〇科専門医」を名乗ることはできませんが、専門医資格がなくとも「◯◯科を専門にしている医師」と名乗ることは特に問題ありません。この専門医制度自体国が定めた一律の基準ではなく、基本的には各学会が独自の基準で認定している資格なので「◯◯科を専門にしている医師が専門医資格を持っているかどうか」はまた別の話です。

⑥サブスペシャルティ専門医の取得を目指したり、開業を考えたり人によりキャリアが変わってくる時期

外科専門医、内科専門医、整形外科専門医、泌尿器科専門医etc…各診療科の名前がつくような専門医は多くは医師6~7年目に取得することになります。
困ったことに専門医という資格は一つではないので、例えば外科専門医の次には消化器外科専門医、心臓血管外科専門医、などさらに2段階目の専門医資格が存在します。当然これらは外科専門医を取得した医師がさらにその専門外科の学会が定める基準を満たし試験に合格することでえられる試験なので、さらにハードルが高くなります。
これらの2段階目の専門医を「サブスペシャルティ」と呼んでいて、対して外科専門医や内科専門医といった1段階目の専門医は「基本領域」と呼ばれます。
基本領域の専門医を取得する年齢は医師6,7年目なので、最速で医師になる24歳から最短で取得したとしても30歳を過ぎる年齢になります。プライベートでも結婚・子供ができるといった大きなライフイベントが重なる年齢でもあります。激務の中で修練を積む医師が家庭を顧みないのはよくあるドラマの外科医のイメージですが、逆にそういう生活から離れようと違う道を考え始めたりする人も現れ始める時期です。

とはいえ殆どの同世代の医師はサブスペシャルティ専門医や手術に関連した技術認定医という資格を目指したり、あるいは論文執筆や大学院に入り博士号取得を目指し一時的に研究をメインにするなど、さらに高みを目指す方向に進むと思います。学位取得後に大学病院のポストに就いたり、関連病院のトップとして就任することが一般に医師の王道とされるキャリアです。

ちなみに別記事の内容なので詳細は書きませんが、実際私は今外科医として⑤の過程にいる身であり、外科専門医研修を終え外科専門医を取得するのを区切りに外科を辞め違う道に進もうと考えています。外科を辞めるのに外科専門医を取るのは「ここまで辛い思いを耐えて頑張ってきてあと一歩のところで資格を取らないのは勿体ない」というサンクコストの観点と「外科の後期研修を修了したくらいには下積みがある&激務耐性がありまっせ!」という身分証明の観点からです。

実際私の知人の中にはすでに専門医研修を途中でリタイアして違う道に進んでいる人もいますし、そもそも医者を辞めて大学に入り直して完全に違う道に進もうとしている人も居たり、専門医取得と同時に医局を辞めてクリニックに転職した人がいたりと、一概に語れない時期になってきます。

一般論に近づけることを第一にしたのでやや解像度の低い文章になってしまったかもしれませんが、ざっくり医者になるとこんな感じの人生になります。参考になれば幸いです。


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