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グルテンフリー専門店に聞く 小麦が食べられない体質の実態

本記事は、第46期 編集・ライター養成講座 総合コースの卒業制作です。

グルテンフリーとは、小麦や大麦などの穀物に含まれるたんぱく質(グルテン)を摂取しない食生活のことだ。

パンや麺類という、ごくありふれた食べ物が日々の食事の選択肢から消えるので、なかなかハードルの高い取り組みだと感じるだろう。

しかし、小麦アレルギーを発症したり、小麦を食べると体調を崩してしまう体質になった人々は、やむを得ずグルテンフリーにしなくてはならない。

そんな彼らにとって、グルテンフリーの食品を取り扱う専門店は、生活の支えであるとともに、心の拠り所となっている。グルテンフリー専門店では、安全に食事ができるだけでなく、一度狭まった食事の選択肢が広がる楽しみもあるのだ。

本記事では、小麦が食べられない体質になってしまった体験談とともに、3つのグルテンフリー専門店を紹介する。


焼菓子店 Bon Bon Bake Shop

中学生でアレルギーを発症

東京都江東区、門前仲町駅近くの住宅街にある、Bon Bon Bake Shop。カップケーキやマフィンなどを販売する焼菓子店だ。

閑静な住宅街で、ピンク色のポップなロゴが目を引く。

グルテンフリーであり、デイリーフリー(乳製品不使用)でもある全ての商品を、山﨑榛奈さん(25)がひとりで製造している。

「アレルギーの症状が出始めたのは中学生の頃だったんですけど、何人ものお医者さんに診てもらっても原因がわからなかったんです」

『大人の食物アレルギー』(福冨友馬著、集英社新書、2022年)によると、近年、成人の食物アレルギー患者が増えており、とくに小麦は、果物・野菜に次いで患者が多いとされている。

症状は、蕁麻疹、腹痛、下痢、呼吸困難など、人によって異なる。

体調の崩し方もさまざまだ。小麦を食べるだけで症状が出るタイプのほか、小麦を食べた後に運動をすると症状が出るタイプがある。

余談だが、筆者も小麦アレルギーを発症している。
症状は、食べて間もなく呼吸困難が、その後腹痛と下痢が襲い来る。

また、2011年に話題となった「旧茶のしずく石鹸事件」のように、小麦由来の成分が含まれた化粧品を使うことで小麦アレルギーを発症し、パンや麺類が食べられなくなるケースもある。

加えて、アレルギー以外にも、セリアック病やグルテン過敏症(不耐症)など、小麦に含まれるグルテンを口にすることで体に異常が出る疾患が存在する。

「十八歳のときに出会ったお医者さんが、たまたまアメリカから帰ってきたばかりの人で。『欧米では、セリアック病やアレルギーで小麦が入ったものを食べると体調を崩す人がいる』と教えてくれました。そこで初めてアレルギー検査をした結果、小麦と乳製品のアレルギーだとわかりました」

山﨑榛奈さん。

現状、後天的に食物アレルギーを発症した場合、生活からアレルギーの原因物質(アレルゲン)を除去するしか方法はないとされている。小麦アレルギーの場合、小麦を含む食品を避けることが必要だ。

「何を買うにも、手にとったらまずは原材料表示を確かめないといけない。小麦を避けることはとても大変なんだと実感しています」

加工食品のパッケージには、原材料の名前が記されている。原材料ひとつひとつに「加工でん粉(小麦を含む)」と書いてあったり、原材料名の欄の最後に「(一部に卵・乳成分・小麦を含む)」と、アレルゲンがまとめられていることもある。

アレルギーを発症すると、この原材料チェックが欠かせない。身近な加工食品の原材料表示を見てみると、この世に小麦を含む食品があふれていることに愕然とするだろう。

カナダでは誰もアレルギーに驚かない

アレルギー判明後、山﨑さんは、カナダに留学した。カナダは小麦が主食の国でありながら、小麦を使わない食品の選択肢が必ずあったという。

「日本でグルテンフリーのパンを買うには、オンラインで注文するか、高級スーパーに行かないといけません。でも、カナダでは、街の庶民的なスーパーにも、常に3種類以上のグルテンフリーのパンが置いてありました」

また、小麦や乳製品のアレルギーがあることを周りに伝えたとき、その反応は、日本とカナダでは大きく違うという。

「日本にいるときは、一緒に食事をする相手にアレルギーがあると伝えると、『どうしよう』って困惑されることが多かったんですけど、カナダでは、『そうなんだ、うちのお母さんもそうだよ』みたいな感じで、誰も驚きませんでした。どこのレストランに行っても、ヴィーガンやグルテンフリーのオプションメニューがあって、外食もしやすかったです」

※ヴィーガンとは、動物由来のものを食べない完全菜食主義者。ヴィーガンメニューは卵や乳製品を排除しているため、卵や乳のアレルギーをもつ人が利用することも多い。

カナダのセリアック病患者は、日本の小麦アレルギー患者とは比べものにならないほど多い。

※参考資料
農林水産省「欧米・豪州等6か国、組織におけるグルテンフリー表示に係る調査報告書(海外文献・資料に基づく)」


そのため、小麦が食べられない人がいると広く知られており、グルテンフリーの需要も大きいのだろう。

そして、広く知られているからこそ、人々も驚かずに受け入れるのかもしれない。

自分で選べないからこそ、自分の好きなものを作る

山﨑さんは、クッキーなどの焼菓子が好きだったが、アレルギー発症で食べられなくなってしまう。そこで、「アレルギーがあっても焼菓子が食べたい」と、小麦と乳製品を使わないクッキーやマフィンを趣味で作るようになった。

2021年、コロナ禍でカナダから帰国したタイミングで一念発起し、Bon Bon Bake Shopをオープンする。

「カナダで食べたお菓子のジャンキーな味が好きで。『もう一回食べたい』って思ったお菓子だけを並べています」

白砂糖は一切使わず、きび砂糖や甜菜糖でジャンキーな味にしているというから驚きだ。

自分の手で、自分の好きなものだけ作る。ありとあらゆる市販品の中から好きな味を探す、というごく普通の行動ができない山﨑さんだからこそ、たどり着いた答えだ。

パン屋 Comme'N GLUTEN FREE

パン作りにドクターストップ

東京都世田谷区。東急大井町線の九品仏駅を出て、まず目に入るのは、コンクリート造りのお洒落なパン屋・Comme'N TOKYOに並ぶ人々だ。彼らが列を作る道の向かいに、Comme'N GLUTEN FREEが店を構えている。

小さいながらも、開放的な雰囲気の店舗。

「Comme'N GLUTEN FREEは、Comme'N TOKYOの支店としてオープンした、グルテンフリー専門のパン屋です」

そう話す佐藤優奈さん(25)は、かつて、Comme'N TOKYOのパン職人だった。

「昔からパン屋さんに憧れていて、中学卒業後、パン作りの修行を始めました。いくつかのパン屋さんを転々とした後、本店(Comme'N TOKYO)で働くようになりました」

本店で働き始めたときには、すでにアレルギー症状が出ていたという。

「最初は、腕にブツブツができる程度だったんですけど、だんだん、厨房にいるだけで息が苦しくなってしまって。最終的にドクターストップがかかって、本店を退職せざるを得なくなりました」

アレルギー症状が出て、小麦アレルギーと診断されていても、パン作りをすぐに諦めることはできなかった。

「小麦アレルギーになっちゃったことを認めたくなかったんです。パン作りにかける情熱は誰にも負けないのに、体が追いつかない。アレルギー発症を認めてしまったら、大好きなパン作りが終わってしまう。どうしたらいいのかわからなくて、精神的にどん底でした」

それまで当たり前に食べていた小麦が食べられなくなるというだけでも、ひどく落ち込んでしまう。その上、憧れの仕事を道半ばで諦めなければならなかった佐藤さんの絶望は、計り知れない。

グルテンフリーのパン職人の道へ

不本意ながらパン職人を諦めようとしていた佐藤さんの転機は、思いのほか早く訪れた。本店を退職するタイミングで、Comme'N TOKYOの大澤秀一シェフから、グルテンフリー専門店を立ち上げるという連絡があったのだ。

「本店を退職するにあたって、同僚がお別れ会を開いてくれて。そこで、『実は、グルテンフリー専門店をやることになったので、退職しません』と発表しました。グルテンフリー専門店なんて誰も想定していなかったのか、みんな驚いていましたね」

佐藤優奈さん。

グルテンフリー専門店オープンに向けて、佐藤さんの商品開発の日々が始まった。

「本店のメンバーが退勤するタイミングで、グルテンフリー商品の開発メンバーが厨房に入って、夜通し試作をして。朝になって本店のメンバーが出勤してきたら、帰って、という昼夜逆転の生活が続きました」

小麦を使わずにパンや焼菓子を作るのは、とても難しいのだそう。

「とにかく膨らまないんです。仕上がりが、値段のわりに小さくなってしまう。思い通りに作れなくて、毎日試行錯誤を繰り返しました」

パンを選ぶ喜びを体験してもらいたい

2022年、Comme'N GLUTEN FREEがオープンした。大澤シェフの連絡から、わずか2ヶ月半だった。

「アレルギーを発症して、一生パンが食べられないんだと落ち込んでいましたが、グルテンフリーの美味しいパンが食べられるようになって、本当にうれしくて。すごく幸せです」

グルテンフリーの美味しいパンで幸せになったのは、佐藤さんだけではない。

「小さい子がお母さんと一緒に来店して、『初めてメロンパン食べる』ってはしゃぐんです。アレルギーでパンが食べられなかった子の、人生初のメロンパンが、Comme'N GLUTEN FREEのもの。こんなに嬉しいことはないですね」

店頭に並んでいるパンのほか、具をカスタムできるサンドイッチやホットドッグがある。

店内には、常時30種類ものパンと焼菓子が並ぶ。夢かと思うほどたくさんの選択肢があるが、佐藤さんはもっとメニューを増やしたいという。

「小麦のパンに比べたら、まだまだ選択肢は少ないです。今後もどんどんメニューを増やしていくことで、小麦が食べられない人にも、パン屋でパンを選ぶ喜びを体験してもらえたらと思っています」

カフェ Where is a dog?

日本でのグルテンフリー生活は難しい

東京都武蔵野市。お洒落な飲食店や雑貨屋が並ぶ吉祥寺に、グルテンフリーカフェ・Where is a dog?がある。

店主の宮田信明さん(58)は、慢性的な体調不良に悩まされていたという。

宮田信明さん。

「頭痛やめまいが続いていた時期がありました。原因はなんだろうと調べていくなかで、ジョコビッチがグルテンフリーで調子が良くなった、という話を聞いて、自分も1ヶ月間グルテンフリーで過ごしてみました。そしたら、体調が改善したので、これは継続したいと思ったんです」

ジョコビッチ選手が、テニスプレイヤーとして世界の頂点に上り詰めることができた理由は、食事をグルテンフリーに変えたからだとされている。書籍が発売されたこともあり、日本でも一時期話題になった。

「それでいざグルテンフリー生活を継続しようとしたら、これを日本で実践するのは本当に大変だと気づいたんです。グルテンフリーの麺やパンはあるけど、数も少ないし、その辺のスーパーじゃ手に入らない。『日本は米を食べる文化だから大変なことなんてないだろう』って言う人がいるんですが、ありとあらゆる日本の食べ物に小麦が入っている」

うどんは小麦そのものだし、蕎麦はつなぎに小麦が使われている。天ぷらの衣や、お麩だって、小麦でできている。カレーのルーのとろみは、小麦でつけたものだ。さらに、アレルギーに影響はないとされているが、醤油や味噌にも小麦が使われている。

小麦が使われる日本の食べ物は多い。

安心できる「本物のグルテンフリー」

「おまけに、日本に来た外国人に話を聞いてみると、『日本の材料の説明は信用してはいけない』って口を揃えて言うんですよ。『グルテンが食べられない』ってお店の人に伝えると、小麦が入ってないから大丈夫、という返事がある。それで食べてみたら、ライ麦が使われていて、体調を崩して1週間寝込んでしまう。彼らが安心して食事を楽しめる場所を作らなければと思いました」

現在、日本では、アレルギー表示には基準があるが、グルテンフリー表示の基準は設定されていない。

アレルギー表示の場合、小麦1kgあたり10mgを超えると、小麦が含まれていることを明記しなければならない。欧米のグルテンフリー表示の基準が、1kgあたり20mg以下とされていることを踏まえると、日本のアレルギー表示は厳しく設定されており、小麦アレルギー患者にとっては安心だ。

一方で、大麦やライ麦は、アレルギー表示の対象外となっており、グルテンフリー表示の基準も定まっていない。大麦やライ麦でも症状が出るセリアック病やグルテン過敏症の人にとっては、注意が必要だ。欧米のグルテンフリー表示は、セリアック病患者が多いことを前提としているため、大麦やライ麦も含めたグルテンの含有量を明記するルールとなっている。

※参考文献
農林水産省「欧米・豪州等6か国、組織におけるグルテンフリー表示に係る調査報告書(海外文献・資料に基づく)」

要は、大変ややこしいことに、小麦が含まれていないことと、グルテンフリーの概念はイコールではないのだ。日本では、小麦粉不使用=グルテンフリーと誤解している人が少なからずいるために、前述の事故が起こってしまうのだろう。

Where is a dog?では、日本におけるグルテンフリーの基準の曖昧さを考慮して、「genuine gluten free(=本物のグルテンフリー)」という表現を使っている。

「小麦粉不使用、かつ、グルテンを含まないことを強調するために、genuine(本物の)という表現をしています。小麦粉を使わないので、アレルギーの人は安心。小麦以外のグルテンも含まないので、セリアック病やグルテン過敏症の人も安心です」

外の看板には、「全てがグルテンフリー」と大きく書いてある。

誰もが楽しめる食事の場を実現

宮田さんがカフェという形態を選んだのは、理由がある。

「小麦が食べられない人とそうでない人、みんなでワイワイ食事を楽しめる場所が必要だと考えたからです。小麦が食べられないってだけで、外食が本当に大変ですからね」

小麦があらゆる食品に含まれていることは、前述の通りだ。コンビニやスーパーでの買い物に限らず、外食もハードルが高い。外食の場合、メニュー表に原材料が明記されていないので、なおさら厄介だ。

その点、Where is a dog?であれば、どのメニューも「本物のグルテンフリー」なので、安心して食べに行くことができる。

ベーグルや食パンのテイクアウトもできる。

2017年のオープン以来、近隣住民から観光客まで、小麦が食べられない多くの人々が、宮田さんのお店を訪れている。

「アレルギーなどで小麦が食べられない人が、お友だちやご家族と一緒に、楽しそうに食事をしているんです。その姿を見ると、お店を始めた甲斐がありますね」

Where is a dog?は、今日も、小麦が食べられない誰かの憩いの場となっている。

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本記事を読んで、知らなかったことがたくさんという人もいれば、共感で興奮した人もいるだろう。

筆者は、小麦が食べられない体質があると広く知られることが、グルテンフリーの選択肢を広げることにつながるのではないかと期待している。
あらゆる人々がより安全に、より楽しく食事できる世界になることを願ってやまない。

取材したお店のWebサイトとInstagramは以下の通り。小麦OKの人も、小麦NGの人も、グルテンフリー専門店を利用してみることをおすすめする。どのお店もとても美味しいです。

Bon Bon Bake Shop
Webサイト(通販あり):https://gfbon.thebase.in/
Instagram:https://www.instagram.com/bonbonbakeshop_tokyo/

Comme’N GLUTEN FREE
Webサイト:https://commen-gf.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/comme_n_gf/

Where is a dog?
Webサイト(通販あり):https://www.whereisadog.net/
Instagram:https://www.instagram.com/where_is_a_dog/


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