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現状認識の難しさ JAXA記者会見を例に

ここ1週間、H3ロケットの打ち上げ中止会見の記者の発言が大きな議論となっています。打ち上げ中止は「失敗」と言わないJAXA側に対し、質問した記者が「それを一般に失敗と言います。ありがとうございました」と発言したことに、ネットを中心に多くの非難が起こりました。

この事態をどのように認識するのが良いかを、リスクマネジメントの視点で考察してみます。ISO31000では、リスクアセスメントプロセスをリスク特定、リスク評価、リスク対応の3段階に分けています。ロケット打ち上げのような巨大で高度なプロジェクトですから、打ち上げでのリスク要因が抽出され、それぞれにリスクレベルが評価され、そしてリスク要因ごとに対応が決められていたと考えられます。その証拠に、打ち上げシーケンスでそうしたリスクの一つが現実化した際に、迅速にシーケンスの中断という判断と対応が行われています。その結果、ロケット本体や周辺施設が破壊されたり、人員に危害が発生するという事態は未然に防がれました。リスクマネジメントの点からは素晴らしい対応だと言えるでしょう。

それでは、この事象を「H3ロケット打ち上げプロジェクト全体」に広げた場合にはどのように評価できるのでしょうか。少なくとも、この打ち上げで投入予定だった衛星などのペイロード運用にかかるプロジェクトは、延期や計画見直しを余儀なくされたでしょう。それに伴い、いくばくかの追加コストが発生することも容易に想像できます。H3ロケット自身のプロジェクトも計画変更や見直しが求められ、同様にコストが発生します。
このように見ると、今回の打ち上げ中止は、当初の達成目標を達成できなかったという事実と、それによる追加対応が必要になったという点で、プロジェクト全体という視点では成功ではなかった、英語ではUnsuccessfulなものでした。それを件の記者は「失敗」と言わせることにこだわったため、この騒動となったのだと考えます。

リスクコンサルタントとして、この経緯をどのように認識すべきかというのは、リスクマネジメント上重要な意義があると考えます。物事を成功と失敗に分割して評価する場合、結果は対象のスコープの切り方によって変化します。ロケット単体の打ち上げ工程という範囲で、損失を最小限に抑えたという点では成功でした。一方、プロジェクト全体という視点では、必ずしも成功とはいえません(どのように表現するかは読者の皆さんにお任せします)。

ただ、成功だなんだと評価・認識をすることの本質的な意義は、それらの認識が後続の活動を決める起点になるということです。この騒動の問題点は、失敗であると評価することが、今後のプロジェクト遂行にどのような意義があるのかを、質問した記者自身が十分に説明することなく、失敗という言葉を引き出すことだけに執着した点にあると思います。
航空自衛隊の教育機関で作戦教官をしていた頃、演習で作戦計画を準備する学生に常に言い続けていたのは、「何をもって勝ちとし、何をもって負けとするのかを明らかにしなさい」ということでした。それは「勝ってよかった、負けて悪かった」といった単純な評価のためではなく、勝つことと負けることとの後に続くCOA(行動経路: Course of Action)が異なるからです。COAが異なれば、活動資源の準備や配分も異なります。そしてそれを誤ると、悲劇的な結果に陥る確率が高まります。そうした例は、戦史だけでなく、ビジネスの事例や教訓として多く存在します。

まだまだ思うところはありますが、文章の尺の関係上、一旦ここで分析は終了しますが、現状認識とはこれほどまでに難しいのかということの一端はお分かりいただけたのではないでしょうか。
この騒動を他の視点、たとえば人間科学的、社会学的、心理的視点などの多様な視点で分析すると、また違った結論になるかもしれません。重要なのは、そのような多様な視点での分析結果を咀嚼し、自らの価値基準に落とし込んで意思決定することです。

※本連載は、中小企業診断士たる筆者個人の意見の表明であり、筆者が所属する組織団体その他の公式な見解を代表するものではありません

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