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はなのように 6

華のような人

大輪が一輪。
そのまま朽ちるのか。
誰かに摘み取られるか。
または次世代へその存在を伝えられるか。

その華だけでは決められないが、華次第ではあると思う。
時期と出逢い、また、環境の変化。
ただし、どの結果も華自体が惜しむことはない。

惜しむのは、外観しか見ていない、一瞬の姿を見たものだけ。

2

その日雨上がりの配達で、海外からの手紙が届いた。
馨はいそいそと封を切る。
自分達が卒業してから、この娘は連絡をする際には必ず手紙をくれる。

電話もメールも簡単な手段はいくらでもあるのに、たった一文を書くために、他愛もない話を交ぜながら、紙に文字を綴り、最後にようやく大切なことを書いてくる。

頻度は高くなくとも、手紙が来ることは大事なことがあった時だ。

時間も距離も手間も惜しまずやってくるその報せは、馨の楽しみのひとつだった。

手紙には時差がある。
だがその時差さえもいとおしむことが出来る、開封することも、遡れば、「手紙を書こうとする」ことから始まり、何をどう伝えようかと悩んでいるあの娘が浮かぶ。

それをひっくるめて、今手元に届いていることがどれだけ嬉しいか、あの娘には伝えなくとも判るだろう。

3

奥田が馨と結婚するまで、付き合った期間は長かった。

 特別約束はしなかったが、進路を相談することもせず、奥田が行く先に就職も移住も決めた馨が、この先に自分の隣に居ないことを想像する方が難しいほど、奥田のそばに馨がいた。
 奥田は自由気ままだった。
 人について行くわけでもなく、人を率いるわけでもなかった、当初所属していたサークルも部もよく覚えていない。

 何処かで馨に会った、最初は大勢の中の一人だったはずが、いつの間にか奥田が馨に付いているような、馨が奥田を引き寄せるような形が成り立った。

 二人になるといろんな人に会って何か覚えている出来事が増えた。
 馨が見つけてきた、普通に見える女の子だって、最初はどこが馨の興味を引いたのかもわからずにいた。
 当事者の女の子も何故自分に構うのかと事あるごとに尋ねてきたものだ、溜め息とともに吐き出すように。

「なんだ、るるはまた手紙か、たまには電話でもすれば楽なのに。」

 深夜に帰宅した奥田を迎えたのは、夕食とその上に載った封の開いた手紙だった。

「まぁ、こんな時間に帰ってるような仕事じゃ、電話できないよな、合理的といや、手紙もバカに出来ないよな。るるは、そういう奴だよ。」

独り言のように言うが、手紙には追伸で[奥田さんに見せても構いませんよ]とある。

以前に、俺には連絡なしか、と愚痴った時に、薫さんが居ますから、と言われた。

4

「帰らないって、どういうことなの?

…もうおばあさまは日取りまで決めてしまっているの、これ以上負担かけないでちょうだい。

勝手だわ、自分勝手よ、残されたほうの身にもなって。

とにかく、1度帰ってきて、もう手に負えないわ、自分で何とかして!」

電話口で騒ぐ母親に離婚をすすめたこともあった。

最初から、宇美野の家に嫁ぐ前に思い直す術はなかったのかと、産まれてしまった宇美野にはなにも出来ない。

離婚を子供がすすめるのだから、なにも気にすることはないのに。

経済的な問題だろうか、どちらにしても、あれ以上見ていたくなかったし関わりたくもなかった。

事あるごとに、自分の意思は示したつもりだ。

今回ばかりは帰らねばならないか、と、地元へ戻る手配を済ませた数日後、父親から手紙が届いた。

祖母が倒れたこと、許嫁の先方から断りがあったこと、母親は実家へ戻したこと。

なにがあったか詳しくは書かれていないが、あとは気にしなくていい、最後はそう、綴られて締められていた。

さんざん振り回したのなら然るべき説明もあって良いのではないかと、問い詰めようと思ったが、踏み込むのは止めた。

代わりに、留学の手続きが進んでいることを返事にした。

もうこんな閉鎖的な場所には居られない。
そんな思いもあって、内密に手続きをしていた、思惑通りに行くとは思わなかったので、誰にも打ち明けずに居た。

一人、知っていたのは、同じゼミに進んだ、彼だけだった。

特に相談したわけでもない、打ち明けたわけでもない、なのに、この話を持ってきたのは、宇野だった。

5

早朝、宇野は電話を掛けた。

なかなか捕まらない、あの娘。ただの興味本意でしかなかったが、なかなかの強敵でまだ捕まらない。

自分が捕らわれたのかもしれない。

時差がある、わずかな時間にタイミングをあわせコールする。

出ないかな、と思った矢先、「ガシャン」という音が通話開始になった。

「寝てた?…そう、学会の準備だろう?
肌の手入れして、ちゃんと化粧して。」

相手があきれた声で反論する。
日本人は若く見える、それが海外では非常に興味を引くようだが、スキンケアくらいしかしない彼女はさらに幼く見えるようで、キャンパスでも飛び級かのように見られることがあった。

「博士は?また?きみはあくまで助手だろう?…時間は? え、行くよ。もうチケットは取れてる。
 えー、せめて食事くらい混ぜてくれてもいいじゃない、博士には僕からメールする。」

「博士を紹介したのは僕だよ、僕にも博士の話を聞く権利を分けて欲しいね。…そう?じゃ、来月。やっと会えるなぁ…」

「学業が本業、はいはい、わかってる、…はぁ、酷いよね、きみ、生殺しって知ってる?」

個人的な話を混ぜたので怒鳴られた、来るな!と言って電話は途切れた。ようやく見せた照れ隠しなんだけど、それが可愛くてつい挟んでしまう。

僕が、正攻法で攻めているのはわかっているのだろうが、いまいち魅力として他に劣る。

それでも、今回ばかりは博士を証人に決意を伝えに海を航る。

返事など期待しないのは嘘であるが、あの頃の彼女にしてみれば、ずいぶんと水槽を自由に泳ぐ。

そのまま川へ、海へ出られたらもう捕獲など無理な話だ。

せめて網を仕掛けておきたい。

その後、あの夫妻になんと手紙を書くのか、楽しみではある。

きっと、何ヵ月も書き直して送るのだろう。
せめて写真を同封してくれるよう、挑発してみるのもいいかもしれない。

サプライズとは言えないような、彼女は他人の援助や気遣いにかなり動揺する。

決して嫌なわけではないのだが、戸惑いが隠せなくて、それはとてもいとおしい反面、悩みの種ともなる。

そろそろ証を示してもいいのではないだろうか。
あとは彼女の意思になる。

それもまた面白い。

待とうが、断られようが、口約束の許嫁が、こんなに自分を惹き付けて止まないと気づいた時点で、知られる前に事を納めたことは自分にしてはいい判断だったと思う。

これ程はかなく美しい華を手折らない判断ができ、迅速に動いた自分を誉めてやる。

独占欲がないとは言わない。
それでもやはり、あの笑顔には敵うものはない。


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