「ザ・ビートルズ Get Back ルーフトップ・コンサート」酔狂としか言いようがないけど、カッコいいものはカッコいい。
どうも、安部スナヲです。
今冬、音楽ファンの間では話題というよりも、「事件」といっても良いかも知れない、ピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー「ザ・ビートルズ Get Back」
これを観るためにDisney+に加入し、目的を果たしたら解約するという「使い捨てDisney」の横行がイッツ・ア・スモール・ワールドを繰り広げる中、追い討ちというか不意打ちというか、あの歴史的なラストライブ「ルーフトップ・コンサート」のタームが5日間限定でIMAX上映されるという。いやはや慌てて劇場に駆け込みました。
このブログは基本的には劇場公開中の映画について書く趣旨で、配信オンリーの作品は対象外なのですが、今回、この限定上映をきっかけに、せっかくなのでドキュメンタリー「ザ・ビートルズ Get Back」を観て感じたことをツラツラ述べて行きたいと思います。
【ドキュメンタリー「Get Back」概要】
ビートルズが解散する前年の1969年1月。
ポール・マッカートニーの発案で、「ゲット・バック・セッション」と呼ばれるプロジェクトが遂行されました。
1966年からライブ活動を休止したビートルズは、レコード製作に没頭し、数々の名盤を世に出しましたが、録音機材の発展によりバラバラに多重録音(オーバーダビング)することが可能になったこともあり、メンバー同士のコミュニケーションが希薄になり、何だかギスギスしていました。
こらアカン!ということで「原点に戻る=GET BACK」という趣旨のもと、オーバーダビングをしない、バンドアンサンブルのみの新曲を、公開ライブという形式で録音したアルバムを作る。
さらにその製作過程(リハーサルからセッションで曲を仕上げていく様子)もすべて撮影し、最終的に公開ライブまでを記録したテレビ特番用のドキュメンタリーを作る。
という計画のもと、「ゲット・バック・セッション」は始動しました。
このセッションで生まれた曲はアルバム「レット・イット・ビー」に纏められて翌1970年に発表、そして記録された映像は同名タイトルの映画として同じ年に公開されました。
それから40年…
ピーター・ジャクソン監督によって、その1969年のプロジェクトのために記録された「ゲット・バック・セッション」と「ルーフトップ・コンサート」の60時間の映像と150時間の音声が3部構成・約8時間のドキュメンタリーに纏められました。
それが目下話題の「ザ・ビートルズ Get Back」です。
【“ビートルズ不仲”は定説だった】
ずっと、漠然と…
ビートルズは不仲だと思っていました。
特に「ゲット・バック・セッション」以降は、繕えば繕うほど関係がこじれて行き、もう修復不能というところまで行って、遂には解散したのだと。
それは個人的な思い込みではなく、定説として流布されていたと言っても良いと思います。
例えばジョン・レノンのドキュメンタリー映画「イマジン」(1988)の中でも、件のセッションにおいてポールとジョージの言い争いが最もヒートアップしている場面だけがピックアップされていたり、ジョンのアルバムに収録されている「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?」という、ハッキリとポールを批判した内容の曲に、恰もジョージが肩入れするように参加している場面があったり…まるで状況証拠を示すかのように「ポールVS他のメンバー」という対立構図が示されていた気がします。
なので、かつて映画「レット・イット・ビー」(1970)を観た時…まぁ私が観たのが海賊版VHSで、字幕がなかったこともありますが…すべての会話は喧嘩をしているように見えましたし、「ああ、やっぱりこんなに仲悪かったんだ」と思ったものです。
【仲は良い、がしかし…】
で、今回のこのドキュメンタリーを観て、そのネガティヴなイメージは覆りました。
如何に8時間の長尺とはいえ、このドキュメンタリーでさえも断片的な記録に過ぎないので、全てを推しはかれるものではありません、ただここでセッションをする彼らは、ほとんど無邪気にじゃれ合っていて、喧嘩もするけど、仲の良い、大阪でいう「ツレ」そのものでした。
誰かがふざけたら、すぐさま別の誰かがそれに便乗し、それを見て笑いながら、さらにおふざけがエスカレートし、「いやいや、こんなことしてる場合ちゃうやん」みたいになってまたまた笑う。
そんな微笑ましい光景が多く見られました。
仲が良いってどういうことなのかを考えた時、やっぱりくだらないことを延々言い合えることなんだと、私は思うんです。
事実としてこれから程なくビートルズは解散し、その背景には1970年にポールが他のメンバーを被告として訴えた裁判があったりしますが、それは当時幅を利かせていたマネージャー、アラン・クラインの不当な搾取を食い止めることが目的であり、メンバー同士が憎み合った成れの果てというワケではありません。
少なくともこの「ゲット・バック・セッション」の時点での4人に、解散を匂わせるような不穏な空気を、私はちょっとも感じませんでした。
ただ彼らには、バンドを結束させる上で必要な、とても大切なものが欠けていたようです。
作中、そのことを象徴しているなと思ったのが、1967年に亡くなった、かつてのマネージャー、ブライアン・エプスタインについて、ポールがこう語る場面「エプスタインが生きていた頃の自分たちは、彼に反抗しながらも『規律』によって纏まっていた」
才能の塊みたいなビートルズですが、それぞれちがう意見を取り纏めて、ちゃんと結論にまで漕ぎ着ける「合意形成力」は致命的にないなということも、このドキュメンタリーを見て感じました。
特に、プロジェクトの大団円となるライブについて、やるのか?やらないのか?やるならどの場所を会場とするのか?
それを議論する場面はハッキリいって呆れ果てます。これほど結論に向かわない話し合いってあるか?というくらい不毛に感じました。
【それでも“ルーフトップ”はカッコいい!】
結局、あのドキュメンタリーを8時間観たところで、何故最終的に自社ビルの屋上でライブをやることになったのかは、私には理解出来ませんでした。
話し合いが迷走を極め、成り行きで、何だかよくわからないところに着地してしまったなぁという印象です。
実際、あのサヴィル・ロウの狭い通りにあるビルの屋上なんかでライブを演っても、誰もまともに観れないし、突然の騒音に困惑するし、良いことはひとつもないと思います。
作中、道行く色んな人にインタビューをしていますが、ビートルズのゲリラライブそのものには肯定的な人も、ほとんどが「なんで屋上なの?」という反応です。
そりゃそうでしょう。あんなのはただの酔狂でしかありません。
だけど、そんな折目正しい常識なんかどうでもいいと思えるくらい、あの「ルーフ・トップ・コンサート」はカッコいいんです。めちゃくちゃカッコいい!
曇天グレーの空の下、探偵事務所の棟が建っていそうなチープなビルの屋上に、むさ苦しい髭面のメンバーが楽器を持って立ってる。その姿だけでもうロックです。
そこで生演奏される「Get Back」「Don't Let Me Down「I've Got a Feeling」「One After 909」「Dig A pony」
それは一発録りスタイルのバンドサウンドに立ち返ってはいるけど、初期の彼らとは確実にちがうドッシリ感を持ったロックンロールでした。
さらにビリー・プレストンのエレピが加わることで生まれるソウルなウネり。
色々あってライブをやめてしまったビートルズが、「リボルバー(1966)」から「ホワイトアルバム(1968)」まで、サイケデリックやレコーディングアートを経て、また「原点に戻る」ことで、誰よりもバンドのカッコ良さ、ロックのカッコ良さを示した、ロック史上最高のライブにちがいありません。
出典:
ザ・ビートルズ:Get Back|映画|ディズニープラス公式
ザ・ビートルズ Get Back:ルーフトップ・コンサート : 作品情報 - 映画.com
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?