メキシコで検索急上昇:5月9日はドラゴンボール「悟空の日」
5月9日は日本では平凡な火曜日、しかもゴールデウィークを終えて仕事の毎日を憂う人も多いであろうこの日が、日本を代表する作品である『ドラゴンボール』の「悟空の日」として認定され、それを記念する日であった。折しも、ロシアでは戦勝記念日が祝われ、国際政治に関心を寄せる人々がウラジミール・プーチン大統領の発言に注視したこの日、メキシコで「悟空の日」がどのように報道されたかに迫り、ドラゴンボール人気の裏側を見る。
メキシコでもドラゴンボールの「悟空の日」は既に認知されている
Google トレンドを使用して、2023年5月9日にメキシコで検索された日本関連キーワードを調べると、筆者にとって興味深い急上昇ワードが浮上した。筆者は「日本」がメキシコで検索された際の関連キーワードに注目したわけである。下のスクリーンショットの通り「日本の悟空の日(día de goku en Japón)」が「急激増加」の検索ワードとして堂々の1位を獲得している事実が確認できる。
「悟空の日」が認定された背景と記念特典
2015年(平成27年)4月18日、映画『ドラゴンボールZ 復活の「F」』が公開されたが、その配給会社であるのは東京都中央区銀座に本社を置く東映株式会社であり、「悟空の日」は同社により制定されたという。「ご(5)くう(9)」(悟空)と読める日付の語呂合わせから来ているようだ。鳥山明氏原作のコミック『ドラゴンボール』のアニメ作品である『ドラゴンボールZ』の面白さと、その主人公の「悟空」というキャラクターの魅力をさらに多くの人に知ってもらうことが目であり、のちに「悟空の日」は一般社団法人日本記念日協会により認定および登録の運びを受けた。
○参照:https://dragon-ball-official.com/news/01_33.html
なお、参照先のサイトはスペイン語を含む5ヶ国語に対応しており、それがスペイン語圏でも「悟空の日」の認知を促した要因のひとつとして数えることができる。当日には限定商品やゲームへのログインボーナスなど多数の記念特典が提供されたそうであるが、こちらでは紙幅の関係で割愛する。詳細については上記のサイトを参照して頂きたい。
メキシコでの報道関係
Googleの検索機能を使って上位にヒットした記事を読むと、なぜ「悟空の日」が制定されるに至ったかについての経緯や、ドラゴンボールファンが当日何をもって祝福するのかについて説明する記事が圧倒的多数を占めている。例えば、vida extra 社の5月9日付記事では、ドラゴンボールを知らない人向けに「悟空の日」をスターウォーズに関連づけて説明している。
このように人気を手に入れ、日本から遠く離れた中南米圏でも記念日が祝われるドラゴンボールは、日本アニメの世界的人気を表すひとつの良い事例であるということが出来よう。そう考えると疑問として浮上することは、そもそもドラゴンボールは受け入れられやすかったのか、である。その歴史を辿ると、そこには華やかな一面とは裏腹に、並々ならぬ忍耐があったと言える。
メキシコにおけるドラゴンボールの放映開始秘話
Código Espagueti 社による解説によるとドラゴンボールの放映は直ぐに人気を博したわけではなく、途中で放映打ち切りに遭う大失敗であったということがわかる。
他の欧米圏同様に、日本のアニメはまずアメリカを経由して他諸国に波及していったという経緯がある。そのため、アメリカで人気を得られなかったり、得られなさそうな作品は伝播が遅いという傾向もある。例えば、日本ではお馴染みの「ドラえもん」であるが、主人公のび太が弱く描かれていることが原因で、強いリーダーシップを誇張したがるアメリカンドリームに反するという理由で放映がされなかった事実がある。もっとも、ドラゴンボールは、このような背景もありながら幸いにもアメリカの「審査」を通過してメキシコでの放映に至るまでの道筋を獲得できたという点で、成功例のひとつと捉えてもおかしくはないはずである。
ところが、冒頭で述べたように、ドラゴンボール(「ゼロと魔法のドラゴン」)はメキシコでは初め結果が芳しくなく、153話の放映も半数に至らない60話で放映打ち切りになってしまった。この打撃を解消して、バンダイが再び放映に躍起となってから放映に至るまで2年もの歳月をさらに要する結果となってしまった。
それでもドラゴンボールは徐々に人気を獲得して、やがて中南米で大人気を博するようになる。次の章では、いわゆる今の「ドラゴンボール熱」について見る。
メキシコで過熱したドラゴンボール:著作権騒動
メキシコでのドラゴンボール熱を語るには、個人のコレクターにインタビューする手法も存在する。ところが、社会現象としてのドラゴンボール熱を、そのような個人インタビューでは浮き彫りにすることは難しい。そこで注目したのが、皮肉にもメキシコで起こった著作権をめぐる騒動である。
Atomix社の筆者が参照した記事 (参照: https://atomix.vg/gobiernos-de-mexico-transmitiran-los-ultimos-episodios-de-dragon-ball-super-en-plazas-publicas/) によると、ドラゴンボールファンである行政関係者の計らいでメキシコの地方で『ドラゴンボール超』の最終回をパブリックビューイングする企画が出され、メキシコ政府の認可を受けたという。ところが、その認可に際し日本の配給会社である東映の許可を得ていなかったことが問題視された。行き過ぎたドラゴンボール熱による悲劇とも捉えることは可能であるが、それだけ興行収入を見込んだ行政と既に地元に根付くドラゴンボール熱の過熱ぶりが見て取れよう。
著作権に関係した話ではあるが、中南米では「海賊版DVD」が出回っている事実も否定できないであろう。ジェトロの報告書によると、日本再興戦略の枠組みで国際展開戦略のひとつとして「クールジャパン推進」が位置付けられ、2018年までに放送コンテンツ関連の海外市場売上高を、現在(63 億円) の3倍とすることが目標として掲げられた。「ドラゴンボール Z」の映画を例にとって、簡単な試算をしたところ、興行収入は2億6,300万円。その半 分が日本の配給会社の収入になるとすれば、日本にとっての海外市場売上高は1億3,150万円という計算だ。日本政府の目指すクールジャパンの推進がどの程度の規模なのか容易に想像できよう。ただ、今回の試算は興行収入のみに絞っている。映画公開後のDVD販売やケーブルテレビなど、有料チャンネルでの放映などを含めれば、何倍にもなる可能性を秘める。国家地理統計院(INEGI)によれば、メキシコにお けるインターネットの家庭普及率は 26%で、携帯電話利用者も6割未満にとどまる (2012年)。各家庭のネット環境が整えば、それを通じてアニメやゲームの有料コンテンツの配信も広まり、今後の市場の伸びに期待できるとしている。それにもかかわらず課題として指摘しているのが海賊版DVDの存在だという。CD、DVD、ゲームを中心に、メキシコの消費社会に根深く広がっている。DVD は 1 枚10ペソ(約 75 円)が一般的な価格帯だが、場所によっては 3.5ペソ(約 26 円)という場合もある。メキシコ産業財産権庁(IMPI)が11年から12年にかけて、国内 6 都市で行ったアン ケート調査によると、全ての都市で回答者の半数以上 が1年以内に海賊版商品を購入したという結果が出たという。購入の理由は、6都市中5都市で「より経済的だから」 という回答が最も多い。一方で全ての都市で95%以上の回答者が、海賊版購入は違法であることを認識している。 海賊版の撲滅など課題はあ るものの、日本のコンテンツ産業の売り込み先の候補になり得るのではなかろうかと結論づけている。(参照: https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07001533/07001533.pdf)
このように、ドラゴンボールは皮肉にも社会問題を起こすほどの人気ぶりを見せているということができる。断っておくが、筆者は決してドラゴンボールの人気ぶりを否定したいわけではない。日本が誇るアニメ産業を愛してくれる存在に、むしろ感謝しているほどである。そういうわけで、これからもドラゴンボールを含む日本のアニメが、中南米という遠方の地域でも、今後とも人気を維持し続けてほしいと思うほどである。それは興行収入というビジネスじみた話だけではなく、すべてのドラゴンボールファンの本望とも言えるのである。
まとめ:ドラゴンボールに見る社会論
この記事では、5月9日の「悟空の日」にちなんでドラゴンボール熱について情報をまとめた。初めは前途多難であったドラゴンボール興行も、今や空前絶後の人気を「過熱」や「社会問題」という観点から見ることができると述べた。結論としては、日本がこれだけ素晴らしいコンテンツを世界に発信しているわけであるから、昨今日本で蔓延している、いわゆる「日本オワコン論」などという恥ずべき論法を排除することを、もし読者の皆さまで進めていただけると幸いに思う限りである。筆者の考えでは、日本を世界が愛しているのだから、日本人もすねずに同じように愛情を注いであげれば、より内面的にも精神的にも閉塞的な社会を脱却できるのではないかと考えるほどである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?