忘れられたら

推しを忘れられたらどんだけ楽だろうか。
どんだけ健康的な生活になるだろうか。
どんだけ金銭に余裕が出るだろうか。
どんだけ友達が増えるだろうか。

わからない。
はやくに「推し」という生き甲斐を見つけてしまったから。

学校でいじめにあった。
私はただ笑っているだけ。
「大丈夫」「大丈夫」
本当は少し手を上に挙げられるのだけでもトラウマ級だ。
こわい。いたい。
でも耐えればいいからまし。
一番怖いのは言葉の暴力。
いつ思い出してもこわい。
みんながそうゆう目で見ているんじゃないかと心配になって人の目がこわくなる。
人に会いたく無くなる。
あることないこと言われて、もう死にたくなったり、遺書を書いてみたり。
でも、死ななかった、死ねなかった。
そう推しがいたから。
「生きて」って言われたから。
生きようと思えた。

「言葉」
に殺されそうになって
「言葉」
に救われて。

「推し」
に救われて
「推し」
に苦しめられて


同じものに救われたり、苦しめられたりする毎日だけどそんな毎日が結構すきだ。
「推し」がいるから。
認めてくれる存在がいるから。
信じれる人がいるから。
帰る場所があるから。
安心出来る場所があるから。
そんな場所でも殺されそうにはなるけど、やっぱりどこよりあそこが大好きだ。


「推し」
あの人しか信じれない。
歴代の推し達忘れたい。
でも忘れられない。
前の人に救われたことがあったから。
今の人の方が一番好きだけど、たまに思い出して笑ってしまう。
楽しいも、苦しいも隣合っているネット。
ネット出られればきっとまた純粋な心で毎日を過ごせるだろうな。

今の私は無理だけど。

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