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映画探偵/杵塚真虎と現実

TOHOシネマズ新宿、シアター9。
一番後ろの列の、中央ブロックの一番端。他の埋まっている席からぽつんと離れて、Pの25番の席が誰かに取られている。この列は既に中央の席が二つ並んで取られているが、聞いた話が本当なら、この端の席のほうに彼女が座っているはずだった。
15時15分からの『貞子DX』。先々週に封切りになった映画で、私は一度も観ていないどころか自発的に観ようと思ったことすらなかった。用がなければタイトルすら気にも留めないだろう。
頭の中で教わった言葉を反芻する。『新宿の映画館の、一番後ろの列にぽつんと取られている席を探して。他の席の人から離れたところに1席取られていたら、それが──』
私は意を決して、自動券売機のパネルを押した。大人一枚、発券。

上映開始時間十分前。受け取った半券を係員に見せて、既に開場しているシアターへと向かう。
映画代を払ってなお、私は半信半疑のままだった。けれど、他に頼る当ても思いつかない。
スクリーンが緊急時の避難経路を表示している間、しんと静まるシアターの、一番後ろの列、中央のカップルから離れた、Pの25番。そこに人が、誰かが座っている。
ウェーブのかかった黒い癖っ毛に、大きな黒縁のメガネをかけている仏頂面の女の子だった。

すぐにでも相談したい衝動に突き動かされそうになるが、私は内心でなんとかそれらを押し止める。
その子と同じP列の、シアターの一番端の席を目指して移動する。私は教えてもらったいくつかの注意事項を思い出す──決してその子の真隣の席に座ったり、上映前や上映中に話しかけてはいけない。同じ映画を観た後で、その映画の感想を伝える。話はそれからだ。
座席に着く前に、不自然でないように少しだけ視線を向けて、その子の顔を視界に捉える。黒縁眼鏡の向こうで、見るからに当たりの強そうな吊り目の三白眼が、私を見ていた。
探偵、キネヅカマコトが。

(続く)


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