『犬とハモニカ』

江國香織さんの作品。

犬とハモニカ、寝室、おそ夏のゆうぐれ、ピクニック、夕顔、アレンテージョの6つの話が収録されている。


「犬とハモニカ」では、飛行機が到着する頃から荷物を取るまでの時間だけで多くの登場人物が絡んでいて面白かった。

「ピクニック」では、好きな人と一緒に行うピクニックは最高だろうと感じた。

「アレンテージョ」では、合言葉が好きな主人公の気持ちに共感した。


印象に残っている文

年をとってよかったと思えることはあまりないのだが、他人に頼みごとをしやすくなったのが、利点といえば、まあ利点だった。

けれど飛行機を降りてすぐに感じたオリエンタルな匂いは、故郷から遠く離れてしまったことを、不安と共に思い知らせるのに十分だった。

理恵はよく喋り、よく笑った。文彦もまた、理恵に勝るとも劣らないほどよく喋り、よく笑った。まるで、この日のためにずっと言葉を学び、ここで話すべきことをストックするために何年も暮らしてきた、とでもいうみたいに。

土の匂いが濃い。みずみずしい緑色の芝生も、まだ誰にも踏まれたことのない物特有の、怖いもの知らずなとがり方で日々丈をのばしている。世界に挑戦するみたいに。

思い出はおはじきのようにまるく可憐で確かな手ざわりを持ち、彼女はいつでもそれをとりだして、眺めたり手のひらにのせたり、飽きず遊ぶことができる。

この店では、料理一皿ごとに、それに合うワインがでてくる(気取ってる、と僕は思った)。マヌエルが、そのすべてのワインを一口ずつ「味見」するだけと決めたときにも、僕は勿論、「構わないじゃないか。まったく構わないよ」と、言った。こうしてこの言葉は、その夜の僕たちの合言葉になった。合言葉! 子供のころから、僕はそれが大好きなのだ。自分と、信頼できる誰かとのあいだでだけ通じる言葉。


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