『夏子の冒険』

三島由紀夫さんの作品。

こんな小説も書いていたのかと驚いた。もし作者名を隠されて読んだ後に、「この本の作者は誰でしょう?」と言われたら、絶対に分からなかった。

ラストがとても夏子らしい。夏子のように自由奔放な人は行動を見ているだけで楽しそうだ。個人的に電話帳ぐらいの大きさの弁当箱を食べている成瀬編集長が面白いなと思った。

物語の最初と最後が湯気の描写である。

「或る朝、夏子が朝食の食卓で、『あたくし修道院へ入る』といい出した時には一家は呆気にとられてしばらく箸を休め、味噌汁の椀から立つ湯気ばかりが静寂のなかを香煙のように歩みのぼった。」

「『夏子、やっぱり修道院へ入る』
三人は呆気にとられて、匙を置いた。三つ以上コーヒー茶碗から立つ湯気ばかりが、この神秘的な沈黙のなかを、香煙のように歩みのぼった……。」


印象に残っている文

この天使は、赤十字の天使のように博愛主義を奉じていたのである。何かにつけて、「甲よりも乙のほうがいい」ということを決して言わない。
都会の若者たちの、軽薄な、実のない、空虚な目、女放蕩しぶった冷たい目、子供っぽい兎のような目、……誰一人としてこれだけの目の持主はいなかった。
この目こそは情熱の証である。
夏子の目にもその少女は美しく見えた。そればかりか、この野性の娘の単純な目が、夏子を見たときに、夏子は、女が女を見る目を感じた。

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