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手ごわい女

そもそも毛色柄、色が白いりんこは警戒心が強い。我が家にきてからもその警戒心を解こうとせず、CIAOちゅ~るやシカ肉、お刺身と猫の好物オンパレードを大展開しても、どこか他人行儀。
というのも、たいていの猫は、抱っこしたときの身体の硬さで、その子が飼い主なり抱き上げた人への信頼度が分かるというもの。たとえ初対面といえども、人懐こい猫の場合は人間を信用しているから、ぐでーんと身をゆだねたりするものだ。
しかし、りんこは、毎晩一緒の布団で寝ているにも関わらず、抱っこをするたび、どこか身構えるのだ。全身をぎゅっとこわばらせて緊張感をあらわにし、そして、1分としないうちに、落ち着かない様子ですぐに腕からすべり降りていくのであった。
そんな様子を見せていたものだから、もしかしたらまだ信用してくれていないのかな、あまり私たちのことが好きではないのかしらと疑い、とにかく恋愛と同じで、心を開いてくれるのを「待つ」。それしかない、と覚悟したのであった。

はじまりは突然に

愛の芽生えというのは、人間よろしく突然に訪れた。
ある日のこと、お外が大好きなりんこは、新しく引っ越しをした新居の庭で、定点チェックをしていた。今まで住んでいた都会とは虫も鳥の数もケタ違い。そんな田舎暮らしをりんこは楽しんでいるらしく、春爛漫のお日様の下で、一心不乱に虫たちを追いかけていた。

突然、庭先から、フギャー!!!!という鳴き声、いや、叫び声が轟いた。今までに聞いたことのない叫び声。でも、これは、絶対にりんこの声帯から発せられたものだと私には分かった。
「りん!どうしたの?!」
急いで声をかけてリビングの窓を開けると、大きな黒い雌猫がりんこを追いかけ回している。
そう、りんこはこの日、生まれてはじめてほかの猫と近距離で遭遇したのだ。しかも、はじめましてのかわいらしいご挨拶ではなく、
「あんたアタイのテリトリー荒らしやがって…タダじゃおかないよ!」
と、人生(いや猫生)はじめてのタイマンを吹っ掛けられていたのであった。

ドドドドッと庭を駆けずり回り、高い松の木によじ登って逃げたかと思いきや、相手は百戦錬磨。すぐさま追いついてきてはしつこくりんこを追い詰める。これは…ヤバイ。

恐怖に駆られたりんこは、無我夢中だったのだろう、これまで飛んだことのない高さの枝から地面に向けてダイブをした。

ドスッ…

何とも聞いたことのない、鈍い着地音。

地上に降り立ったりんこはうずくまって動かない。足を痛めたのか、なんだか右足がおかしい。

とにかく追い払わねばと水を張った鍋を持ってきた私は、黒猫がいる枝に向かって水をぶっかけ、追い払った。そして、手に持っていた鍋を庭へ放り投げ、うずくまるりんこに「りん、大丈夫?!」と声をかけた。

すると、うずくまっていたりんこが、こちらを見上げ、ヨロヨロと歩き出そうとしたので、すぐさまそばに駆けつけて韓流ドラマの俳優よろしくりんこを抱き上げた。
その時のりんこ、もはや気絶寸前。
抱き上げた瞬間にこれまたよく見るドラマのワンシーンのように「パタッ」とうなだれ、ダランと脱力してしまった。これには私も驚いてしまい、「もう大丈夫だよ。ママが守ったから大丈夫よ」とりんこに静かな声で話しかけ、ギュッと抱きしめたのであった。

それから5分くらい経っただろうか。ハタと我に返ったりんこは、抱っこされながらグルグルと喉を鳴らし始め、そして、「ママ…」というようにうっとりとした目つきで私を見つめ、そして私の胸に顔をうずめ、寝てしまった。

この日を境に、りんこは全身脱力状態で抱っこされるようになった。
そして、この日以降から、寝る時に私の髪の毛をグルーミングするようになり、そして家の中で四六時中、私をストーキングするようになったのである。

気位が高く、生真面目で美しいお嬢が恋に芽生えたかのごとくな変身ぶりである。このときに、我が家に来たりんこは、「もはや猫にあらず」ということを悟ったのであった。




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