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変容し続ける”ブロンズ感覚” 8月28日~365日の香水

「これからはブロンズ感覚」
この言葉は10年くらい前にプレゼントされた言葉だった。
前にも書いたけれど、すごく響いたのに「ブロンズ感覚とは」をすっかり忘れてしまった。

上記では、青銅が銅と錫の比率で様相を変えていくことを「調香におけるアコード」で受け止めて、”ベストの比率”、”ベストの調合”のように考えた。

続ける、続け続けるということ
このことをもう一度考えてみようと思った時、やはり浮かんだのは金メダル、銀メダル、銅メダルだった。
パリでオリンピック、パラリンピックが開催されている影響かもしれない。
金を目指す集中力や瞬発力よりも、銅であり続ける持久力、継続性。
メダルで例えてしまうと、誤謬が生じそうだけれど、私の中での理解は、今はそんな風になってきた。
そんな日本語はないけれど「続け続ける」感覚だ。

描いて目指しているから実現している
以前、ふと思った感覚だ。
彷徨う竹林の中に忽然と姿を現した庵、なんの危険も感じさせず、何のためらいも感じさせず、気になった人が訪れる。
そこでは香りは置いてはあるけれど、私自身も香りにこだわらず、ありたいようにその場で時間を過ごす。
そういう場を実際に作りたいと思うと同時に、それは心的風景でもあるから、そのような生き方を目指している時点で、そのような生き方をしているから、その意味で実現している、ということだった。

ブロンズ感覚
久しぶりにご連絡をして「あれってなんでしたっけ?」と伺った。
「覚えているはずがない」ということだったけれど、もしかすると、
”希少な金よりも使い込んで磨き上げたブロンズが美しく見える”ということかもしれない、というお返事をいただいた。
磨く楽しさも磨く甲斐も、確かに銅は金より大きい。

どんな風にもなれる
錫との配合次第で変わっていく面白さにしても、磨き続けることで輝きを増していくことにしても、変容の醍醐味がそこにあると思う。
どんな風にでもなっていける、余白がたくさんある毎日を私は望んでいるから、時々「ブロンズ感覚」のことを思い出すのかもしれない。

Blonde/Versace/1995
調香師は、なんと数日前に紹介したcuir d'orientのナタリー・ファイスタウアー(Nathelie Feisthauer)だった。
彼女のキャリアの初期の作品だろう。
チュベローズの香りを引き出すための絶妙なアコード。
モノにもよるけれど、チュベローズに「赤系」の色身を感じるので、シベットやナリシスで光沢が、バイオレットやカーネーションで渋みがでることで、”ブロンズ”になっている。
変容のテーマでいえば、もちろんこの香り自体は変わらないけれど、装い方や人によって、イメージを変えていくタイプの香り。
私は、来週久しぶりに東南アジアに出向くので、特有のキンキンに冷えた室内で数的落として、スコールを眺めながら甘い陶酔感を味わってみたい。

香り、思い、呼吸
8月28日がお誕生日の方、記念日の方、おめでとうございます。



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