「いだてん」第26話 稀代のアスリート人見絹枝と、シベリアというアイコン
大河ドラマ「いだてん」、第26話は昭和初期に彗星のごとく現れた稀代の女性アスリート・人見絹枝のエピソードに放送時間の大半が割かれた。
「人見絹枝」。その名を私がはじめて知ったのは、1980年代に放送された日本テレビの歴史バラエティ番組「知ってるつもり?!」だったか。
岡山で生まれ、当時としては恵まれ“すぎ”た身体能力を見出された人見は、まだ女子がスポーツをすること自体が日本のみならず世界でもはばかられていた当時、日本女性初のオリンピック代表選手としてアムステルダム大会に出場し、陸上800メートル競走で見事銀メダルを獲得した。しかし、そのわずか3年後、わずか24歳でこの世を去ってしまう。帰国後に殺到した講演依頼のハードスケジュールが祟っての過労がたたって夭折したという。
今回の放送は、そのあまりに短い彼女の一生が描かれると聞き、ティッシュ一箱用意して身構えずにはいられなかった。そしてその内容は、ストーリー展開こそ予想したとおりに進んだわけだが、予想した以上の感動に襲われた。その理由は、人見絹枝役を熱演した菅原小春の熱演によるところが大きい。今回が演技初体験とは思えない、それでいてその初々しさゆえに感じられるアスリートならではのいい意味での不器用さがにじみ出ていた。
そして、クライマックスとなった800メートル競走の再現シーン。昭和3年当時に撮影された人見絹枝本人の実際のレース映像と、菅原演じる人見絹枝の走行シーンが巧みに織り交ぜられ、時空を超越したリアルな空間がテレビ画面を駆け抜けた。思わずテレビ越しに「人見がんばれ!」と心の中で声援を送ってしまっていた視聴者も少なくないのではないだろうか。
そして、実際に人見がゴール前で意識が遠のいたという疾走の結果が、日本の朝日新聞社で身構える本作の主人公・田畑政治(阿部サダヲ)の手元に伝わるや、その場は歓喜に包まれた。実際には、レースが終了してから現地の記者がすばやく原稿を書き、その文面をモール信号で電信し、新聞社で文字に起こすという、今では気が遠くなるような作業が挟まる(ちなみに、私が通信社に入社した1990年当時、テレックスで入電したローマ字を日本語に書き起こすという作業は一部にまだ残っていた)が、昭和初期の時間の感覚が巧みに表現されていたのも、今回の注目すべきポイントと言えた。
さて、そんな人見絹枝の激走ぶりに涙腺決壊となった今回だったが、個人的に注目したのは、人見が恩師・二階堂トクヨ(寺島しのぶ)から進められて大きな口でほおばったシベリアについてだ。
サンドイッチ風の三角形のパンケーキにあんこが挟まれたシベリアの起源ははっきりしない。大正初期には浅草などで食べられていたというが、なぜ「シベリア(ときにシベリヤとも)」と呼ばれるのかも謎とされる。日露戦争から来たのか、大正時代のシベリア出兵に絡んでいるのか、ロシア革命に習った洋菓子の革命とでもいいたかったのか、様々な想像がきくが、いかにも大正時代につけられた名前だとは思う。近年では、宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」でも小道具として使われており、当時のナウいスイーツと言う位置づけで間違いあるまい。参考までに、浅草観音裏のパン屋「あんですマトバ」のシベリアは絶品である。
https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13003761/
世間でどれだけ“オバケ”扱いされようが、世界に冠たるアスリートに上り詰めようが、スイーツの前では満面の笑みをたたえる一人の乙女と化す。100年近くたった今、昭和が令和に変わり、シベリアがタピオカに変わろうと、この法則だけは変わりようがないというわけだろう。彼女の悲劇の末期はナレーションでサラリと流し、満面の笑みで「幸福」を享受する人見の姿で幕を閉じた「いだてん」第26話。実に美しい時間だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?